2019.03.05初稿,2023.02.23加筆
当コンテンツは、創作書籍『Imaginary Brother & Man Machine』(以下IBMM)のデジタル付録として書かれたものであり、『Parallel Method』に共通する世界観や作品のコンセプトを読者諸氏に分かりやすく示唆するためのものである。また、本編の読書前、あるいは読後に物語により興味を持ってもらうための資料集でもある。
ネタバレ要素
本書全文において、物語の主軸となる展開や結末の明言は含まれないが、各章ごとの登場キャラクターの紹介、背景や専用語句についての解説があることをご承知いただきたい。
本編の構成要素と舞台設定
『IBMM』は、取捨選択の物語である。各章のテーマに対し、キャラクターが重要度を見極め、分析し、己にとって必要かどうかを判断するまでを各話の区切りとしている。よって、全編を通して見ると完全な時系列式にはなっておらず、出来事の前後が行き違っていることがある。舞台とは、登場キャラクターの重要な拠点、あるいは重要な出来事の起きた場所を指す。
以下に、『IBMM』各章の用語解説と登場キャラクターを示す。
作中で名前が登場していないキャラクターのフルネームは記載する。ただし、固有名を持たないキャラクターについては作中での呼称のみ記載する。
用語解説
物質界と時空界
物質界とは、狭義においては人間界やその文化的営み・人工世界を指し、広義では三次元空間・物理法則の通用する星系を指す。『IBMM』で現実と同じ基本物理概念が通用するのは人間の住む〈青い星〉と、その平行時空においてのみである。物質界の反対概念として時空界がある。時空間、多次元世界といった言葉と同義である。また、時空間と宇宙空間は厳密には異なる。時空界とは宇宙空間をも内包する世界である。
この世の摂理
人間の知的営為である”物理法則”に対応する概念。全時空の仕組みと万物の定義を司り統括する”サムシング・グレート”存在と、彼らにより定められた自然法則を指す。単に〈摂理〉とも呼ぶ。集団であるとされるが、その側近的存在である〈概念体〉も彼らの姿を見ることはない。この世を創造したとされる万能の機械生命、〈創世機〉を所有するが、〈創世機〉はこの世を創り上げた際に致命的なエラーを起こし、今に至るまでその修復は完了していない。
〈この世の摂理〉は、彼らの定めたタイムスケジュールと統制された確率によって運行されるもので、それに組み込まれていないイレギュラーな時態を嫌悪する。タイムワームに寄生された人間の脳内と時空間が繋がり、幻想野が人間の支配可圏と化すことを危惧する。
管理下にある生命体に対して刑罰的措置をとることもある。比較的短期の駆動不全を命ずる〈目撃〉と、重罪を犯したものに課せられるという〈因果抹消〉が確認されている。
パラレル・メソッド
〈この世の摂理〉によって完成されつつある、自然法則を定める際に必要な万象定義機。定義集とも。完成したものは、全時空でもっとも貴ぶべき書物となるとされる。圧縮空間を有しており、内部に”理想とされるこの世の姿”を試験構築している。〈創世機〉に代わる、賢者の智の結晶。
時空遍在幻質(タイム・リフレックス/TR)
時素(一切の現象を経験していない真っさらな〈時〉そのもの)から生成される。時素は、この世の果て(時空終極線)に薄膜のごとく積滞し、新たな時空間を形成しているとされる。時空駆動体が触れることで時空偏在幻質へと変化する。
時空界において、いわば物質資源的価値を持つ。時空駆動体にとっては自己の駆動領域を延ばすことになるため、何かしらの働きに対する報酬としても用いられる。遍在とはいうものの、その辺に転がっているわけではなく、資源である以上有限のはずだと多くの者は考えている。時空界と物質界の決定的な違いは、この物質の有無である。TRの発見者と名付け親は、時空彫工師のトイ・メイカー。
エレクター
時空遍在幻質(TR)起立剤。原始的な命名である。すでに物性を帯び時空遍在物質(TA)となった時素に作用させると、時質変換剤として活用できる。超合剤と呼ばれ、未来、過去、どの時空からもたらされたのか分からないオーパーツ。発見者のトイ・メイカーは自分自身を実験体にしてその特性を明らかにした。
トゥア・ロー(*1)
時空駆動体が「〈青い星〉に住む想像力に富んだ知的生命体」、つまり人間(以下、トゥア・ロー)を指して用いる語。言語による会話を初めて試みた〈概念体〉に対して、とあるトゥア・ローが発した言葉が由来とされる。〈概念体〉は彼らと同じ目線に立つためにこの名称を用いず、「人間」と呼称する。
時空駆動体から見た、生物学上のヒト(ホモ・サピエンス)とは同義でない点に注意。
幻想野
生体幻質に由来する空間的時象。時空駆動体によって手の加えられていない、またどの時間軸にも所属していない時空間。あるいは、想像の世界ともいえる。その規模を座標、時代といった観点から測定することは難しい。また名称はあくまでトゥア・ローが知覚補正を頼りに幻想野を見た際の比喩表現である。これらの領域の真の姿を、低位の三次元生物が視覚的に明確に認識することは困難だ。
時空駆動体のうちいくらかは、元々物質界に住まうトゥア・ローの想像から生まれた存在である。彼らは〈時〉そのものに物性をもたせ加工可能な素材とすることで、自然界や人工物の形態を真似たり、その使い道を応用したりすることを好む。時空航路、時の河、霊安都市、心の森、哲学者の口、賢哲の蒼き岩場、造船街、テクノ・ロスト宙港などは、元はひと続きの幻想野であったところを開拓し、物質界の自然や人工物を真似て整備・建築されたものである。したがって、作中での”時空”と呼ばれる空間は、時空駆動体による独特の文化形成の黎明期・過渡期にあたり、後にこの時期は〈混沌〉と評される。物的娯楽の輸入による時空の俗世化や、時空環境の無計画かつ大幅な改変が原因とされる時象災害などが問題視されることになる。
時空航路
遥かな未来と過去、そしてパラレル領域を行き来するための航路。知覚補正を施したトゥア・ローの目には、輝く光線に縁取られた硬質な鏡面が、時空間に果てなく延びているように見える。一般的なトゥア・ローの場合、必要があるならば、現実を捻じ曲げる効能を持つインナースペース・スーツを身に纏った〈概念体〉と行動を共にして、時空航路をはじめとした幻想野を通行する。ただし、不要な幻想汚染を防ぐため〈時の河〉でその体験の運命性(記憶)を洗い流すことが条件となる。
灼光
時空航路でのみ発現する、精神生命体の輪郭を包む炎のような光のこと。
衝突事故回避のため、時空航路を疾駆する者(駆動者)には優先順位が定められている。〈この世の摂理〉の選定基準により、精神の純度の高いものから黄金、白銀、メタルブルーの順に優先され、駆動者は疾走中それぞれのランク・カラーの輝き(=灼光)を纏う。最高駆動者である〈概念体〉は、黄金の許しを得ている。一般に、時空駆動体の生命力を表す。寿命の長さの目安にもなり、位が高いほど長命。また、精神生命体の消滅現象を灼命と呼ぶ。死期の迫った精神生命体の灼光はランクにかかわらず赤くなる。灼命の時には、火が着いて一気に燃えるような最期を迎える。同じ時空駆動体でも、情報構造体に関してはこの限りではない。
ワープ・スポット
ワームホール。時空航路のバイパスとして存在する。〈この世の摂理〉の監視下になく入り口と出口が定義されていないものを野良と呼び、事故や事件の温床となるため、〈摂理〉は野良ワープ・スポットを封鎖したり、消滅させたりする。野良の発見と報告も〈概念体〉の責務のひとつである。〈概念体〉が各自持ち歩くスーツケースには、野良を捕捉し、即席で任意の場所にそれを仮定義、転移出現させることができる機能が搭載されている。また、限られた者しか通行が許可されない、より高次で濃圧縮なワープ・スポットのことを、ハイディメンション・スポットと呼ぶ。清浄で神聖とされる区域に指定されることが多い。
テクノ
「駆動」の意。時空間を行き来すること、またはその在り様。生き様。あらゆる時空駆動体の存在理由とされる。狭義には〈この世の摂理〉や、その管理下にある〈概念体〉の責務や働きを指す。その場合、時空間を駆ける金属的響揺や、独特の視野狭窄環境、深い没頭状態と、物質界のクラブ・ミュージックに合わせたダンスステップが非常に好相性であることから、文脈によっては他の音楽用語も交えて語られる。「駆動によって得られる無我の境地」、「駆動の果てにある摂理との極限の一体化状態」をそれぞれイノセンス、ブレイクと表現する。
響揺波(きょうようは)
〈青い星〉の時空界研究者・石野哲啓、大索場悟の共同研究グループにより発見された。「時空駆動体の生体反応、運動反応。時空間に響き渡る時空存続性を持つ波動」のこと。浸透度と波高で観測される。彼らの研究によれば、響揺波には時空遍在幻質(タイム・リフレックス)を活性化させる作用がある。時空界は、いわばプールに水が満たされた状態であり、駆動者たちは自由に泳ぎ回る魚である。時空駆動体は時空界の氷結静止を恐れ、響揺波が観測されることで、時空界の安定が保たれていると判断する。この波の限界線を時空終極線とし、さまざまな時空界の謎(時空界そのものの規模、未来と過去はどこまで存在するのか、終極線の向こう側に何があるか等)を明らかにする研究にも応用されている。
時象災害
時空間における時流や生命体の安全な航行の妨げとなる現象。時震(タイム・クウェイク)、時滑り(タイム・スリップ)、時爆(タイム・クラッシュ)が三大時象災害と呼ばれる。時そのものに物性を帯びさせるエレクターの発見と実用化により、物質界の土砂崩れや地震といった物理現象に似た災害が時空間で発生するようになったとされる。時滑りによって滑落した時の谷をタイム・クレバスと呼ぶ。
これらにより引き起こされるのは時流上のイベントロスト、巻き込みによる大多数の生命危機、異なる時空との接点となる空間の歪曲や整合性の乱れなど。
時象災害の原因としては、後述のタイム・ワームによって時空間が喰われ、時空に穴が空くことで時層に負荷がかかった故に引き起こされるとする説と、時空駆動体が引き起こした重大なパラドックスが、〈この世の摂理〉が所有する創世機により修復される際にはたらく”揺り戻し”の副作用とする説など、諸説ある。作中の時間軸では、災害時点の復旧工事などを施工する機関は設立されておらず、ここでもまた〈この世の摂理〉の操り人形である〈概念体〉が異常を発見しだい報告するという体制を取っている。
タイム・ワーム(バグ)
トゥア・ローがめざましい知的発展をみせ始めた頃、時空間に突如として発生した時空害虫。〈この世の摂理〉はこのバグの撲滅に目下手を焼いている。特異な生態を持つ時空駆動体で、トゥア・ローの脳内の幻想野を刺激し、知性の進化によって退行した超感覚を呼び覚ます。宿主の幻想野を温床として時空間に転移、勢力を拡大し、時空そのものを喰い荒らす。形態はさまざまで一見ヘビやサカナに似た外見のものも存在する。繁殖方法や、自らの活動領域でもある時空間を喰う理由については全くの謎で、未だ解き明かされていない。
パラディグニティ(存在量)
パラディグニティは時空界における”存在量”の単位である。物質界の質量にも対応させることができ、その場合1パラディグラム、1パラディキログラムというように国際単位系の語末が付く。ただし、存在量と質量は常にイコールではない。例えば1パラディキログラムは「1キログラム相当の質量をもつ時空遍在物質」という程の意味であり、1キログラム(の重さ)=「1キログラムの質量を持つ物体に重力が働くことによって生じる力」と同義でない点に留意されたい。パラディグニティで表記される事物に物理法則は適用されない。
存在量は「観測可能量を測定できる(時象を出現させる)個の重量であり体積であり速度であり時間であり距離であり運動量でありエネルギーであり、精神性であり記憶であり人格でもある」と定義される。
dignityは値打ち、重み、有難み、尊厳などを意味する。
テクノスケール、幻質指数、から計算され求められる。物性化した〈時〉の重さは、
また、存在量は必ず正数である(正定値性)。マイナスの値は”観測されてしまった不在の時象”であり、異常時象と見做される。”負の存在量”が存在する領域を〈負の領域〉という。
テクノスケール
存在次元。駆動可能な領域のこと。文脈によって、人格の有する世界の広さ、視野を示すこともある。
登場人物について
登場キャラクターの概説。以下に時空駆動体の分類について示す。
時空駆動体
時空間を行き来する存在の総称。駆動体とも。生命体に限らず、時走車や船舶などもこれに含む。
精神生命体
物理制限を受ける肉体を持たず、多くは幽体で、時空を自由に行き来する。自我を持つもの、持たないものと居り、駆動形態はさまざまである。
概念体
〈この世の摂理〉によって、トゥア・ローと接触するために製造された存在であり、精神生命体に分類される。長命であるが、その活動の大部分は〈この世の摂理〉に管理されている。人間の感情操作・制限を責務とする。強力な幻惑能力を有し、特定の人間と深くかかわり続ければその人間の現実を改変してしまうこともある。
情報構造体
生体と融合し自我を持った機械生命や、人工頭脳を指す。AIと称されることが多い。〈この世の摂理〉の”目”に捕捉されることなく時空間を行き来できるウルトラ・ステルス・インテリジェンス(USI)と呼ばれるものも存在する。
ただし、〈電子界〉とその上位存在《フィネガンズ・フィールドエージェント》においては、すべての存在・時象は「情報構造体(情報体)」として扱われる。
幻想構造体(又は仮説思念体)
物質界における知的生命体の想像の産物が、人格を有する者として仮説立てられることで自我に目覚めた存在。そのため、多くは精神生命体。例えば魂、神話に登場する神や悪魔、聖獣等。”それとして描かれた存在(*2)”の具現化であり、そのものではない。幻想構造体の中には、自らに並々ならぬ存在価値があるものと驕り高ぶるもの(*3)、反対に、自らが想像の具現体であることを根本的に理解しない幻想構造体も存在する。
伝説的存在
広大な時空間全域の、どの世界線においても実在が確認されていない存在。たとえば、神そのもの。
架空の兄(安心感)
〈概念体〉のひとり。〈安心感〉を司る。〈概念体〉間では、比較的友好的なニュアンスで「セーフティ」と、儀礼的場面では「ブラザー・セキュア」と呼び分けされる、ニックネームらしき名称をもつ。しかし、かれは安らぎを求める不安で孤独な人間(=〈無限の弟妹達〉)の”兄”であるとともに、すべての〈概念体〉が人間達の〈兄姉〉であると位置付けられているため、先述のニックネームも、架空の兄という名称も、かれという一個人格を指すものではない。鶴見繁生という男性身体に固着する。冷徹だが時に向こう見ずで、好奇心旺盛。責務はそつなくこなしていたが、鶴見繁生と出会ったことで〈この世の摂理〉の意向に反発することが増える。時空界では躍動的でメロウなテクノを、物質界では高所からの落下をこよなく好む。
機械の男(鶴見林太郎)
高度な人間性を備えたアンドロイド。〈研究所〉で263番目に製造された個体。と思い込んで18歳から24歳現在までを過ごした人間の青年。架空の兄と出会い、友人付き合いをしてゆくうち、〈概念体〉の幻質(=人間の現実を捻じ曲げる性質)に触れすぎたため、「自分はアンドロイドである」という彼自身の〈思い込み〉が現実化しつつある。その影響で、昼夜を問わず幻覚や妄想に悩まされる。自己認識の脆弱さから消滅願望を抱くこともあるが、柔和で明るい性格であり、敬語と関西弁を織り交ぜた軽快な口調で雑然とものを言う。好物はチョコレート。
鶴見繁生
機械の男(鶴見林太郎)の兄。故人。名前の読みはハンショウ。架空の兄の意識(内的宇宙)に存在して、しばしば彼と言葉を交わす。機械の男には姿が見えず、話もできない。温和だが孤独を感じやすく、思い込みをしやすい性格。”半死半生”を彷彿とさせる自分の名前の読みを嫌っており、”しげお”と読ませている。
生前の彼について。自身が〈発作〉と呼ぶ錯乱状態に陥ると、自罰思考に囚われて突発的な奇行、周囲への無差別な迷惑行為・暴力行為に至ることがある。〈概念体〉の姿を知覚補正なしに視ることができ、架空の兄と友情を育む。家庭は崩壊しており、父母との深い確執があったようだが、弟のことはしばしば自らと同一視し、不遇の家庭に生まれたことを同情しては、立派に成長してほしいという願いを持って接している。
《時空測量士・CODE》と鶴見陽古により製造された情報構造体である。
墓守(ロス)
〈この世の摂理〉が定義した真理として、”自害したトゥア・ローの魂は自滅を許されず永遠に時空をさまよう”とされる条項がある。それを哀れんだ時空駆動体により建設されたのが、さまよう魂(幻想構造体)の慰安所〈霊安都市〉である。都市の管理人は墓守と呼ばれ、魂たちとともに不滅の時を過ごす。作中では”墓守”、あるいは”ロス”と称される。両足首に鎖で繋がれた鉄球の足枷を引き摺る。不吉な外見に反して、アンニュイで情に篤く内省的。棒状の〈情動抑圧剤〉をくわえている。この名は〈霊安都市〉における通称であり、本名ではない。
壁ネコと箱ネコ
思考実験の「シュレディンガーの猫」と、絵に描かれた空想生物の化けネコが融合したような、幻想構造体。複数の仮説思念が融合しているのは、〈トゥア・ロー〉がネコに対して抱く強力なイメージ立像が多数存在するため。壁や箱とは彼らの生息地のことで、元々は単一種族であったが価値観の相違によって決別してしまった。作中ではミーハイとサーキイという壁ネコ一族の革命派が登場する。彼らは〈この世の摂理〉の支配にも物質主義の台頭にも嫌悪感を抱いている。〈トゥア・ロー〉に化けることもできるが、皆ネコ目で、蝶ネクタイを結んだ紳士の姿といった、似通った容姿になる特徴がある。
時空研究者(央村 旭/暮 鳥山)
平行時空の物質界において、時空間研究に携わる者。そこでは人工生命の開発が盛んだが、時空間研究は未だオカルトや神秘主義の偏見に晒され、学問的価値を見出されていない。央村旭は平行時空における鶴見兄弟の母親である。対応する時空の鶴見繁生、林太郎にあたる紫宇遠、梨宇生というふたりの息子が居たが、認知系のパラドックス(*4)に関連する時空間事故(タイム・トラブル)により死去したとされている。暮鳥山は央村旭の大学時代の同期である。
ティグリスとユーフラテス
植物学者・工学者である央村旭により開発された二体の少年型ヒューマノイド。日光を浴びることで光合成をし、まるで植物が生長するように大人へと姿を変えてゆく。その変幻速度は遅く、製造から数年を経た作中でも、彼らは製造当初と変わらぬ十二、三歳程度の少年の姿をとどめている。身体の変幻は内面の人格的成長と一切無関係で、もし彼らが永年の若さに慢心し学び育つ意志を持たねば、文字通りの〈木偶〉となってしまう。青いスペース・スーツを着た大人びた印象の少年がティグリス、緑のスペース・スーツを着たおっとりした少年がユーフラテスである。双機という認識を持っているが、ティグリスが兄、ユーフラテスが弟的振る舞いをみせることが多い。
生体パーツに人工血脈が巡っており、エンジンオイルやバッテリーには予備が搭載されているが、全身を循環する水分は枯渇するとオペの必要な故障の直因となるので、水のほうが不可欠。水中でも腐食しない程度なら活動でき、関節を無限増殖させ蔦植物のように四肢を伸ばすことが可能であるなど、優れた性能を持つ。耐熱性に難有り。
時空彫工師(トイ・メイカー)
エレクターの発見と実用化を実現した時空彫工師の中で、最古の親物質派(*5)と呼ばれる、非常に長命な時空駆動体。他の精神生命体と比べてもあまりに長命なため、半ば伝説的存在と認識されている。エレクターにより「物性」を獲得した初の時空駆動体。化石のような身体を持ち、さながら動く石像。時空彫工師の仕事は〈時〉を加工することである。〈霊安都市〉をはじめとした仮想物性世界の創設者であり、建設者。自身の発明品である〈情動抑制剤〉をシガー・ロスに与え、〈霊安都市〉の墓守に任命した。現在は造船業に携わり、トゥア・ローのための時空開拓船を受注し、その製作に励む。自作のトゥア・ロー型情報構造体を何体も引き連れている。自分自身を「イレギュラー」と評する。
架空の兄姉達
〈概念体〉たち。今作中に登場するのは〈安心感〉(架空の兄)を除いて三体。〈達成感〉、〈絶望感〉、〈透明感〉である。彼らは偶然全員が固着人体を有しているが、人体との融合を気嫌いする潔癖で自尊心の高い個体も一定数存在する。えてして、固着人体を有する個体は、トゥア・ロー民族(〈概念体〉たちは親しみを持って「人間」と呼称する)の一個体と何かしら深いつながりを持ち、個人的で再帰不可能なイベントを経験していることがほとんどである。〈達成感〉は少数民族の青年の人体に、〈絶望感〉は時白剤を投与された(因果抹消措置により人種・経歴不明)女性の人体に、〈透明感〉は中国系の少女の人体にそれぞれ固着している。
〈概念体〉の起源はヒト(ホモサピエンス)の歴史と共にあるとされ、ヒトが獲得したとされる感情の樹形図に製造時期が明示されている。樹形図に従い、古参~中堅~新参といった一応の大別によって、緩やかな上下関係が築かれている。単純な快・不快感情に近い〈概念体〉ほど古株であり、成熟した自我を獲得しているという見方をされることが多い。上記の四体を例にとれば、生存本能に従い連鎖発生する感情である〈安心感〉や〈絶望感〉のほうが、成果に対する喜びである〈達成感〉や美に対する肯定心である〈透明感〉よりも原初的存在であるとされている。しかしながらそういった分類よりも各個体の人格に由来する力関係のほうが如実であることは、人間社会の営みと変わらないようだ。
注釈
(*1)トゥア・ロー 中国南部・東南アジア北部の山岳地帯に分布する実在の少数民族の言語で、「こんにちは」を意味する。
(*2)それとして描かれた存在 作中ではトゥア・ローの信仰や伝承、創作、伝説等から誕生した幻想構造体として、ユニコーン、ろくろ首(妖怪)、死神、化けネコ、小人(妖精)、フェニックス、ヘルハウンド(黒犬)等が登場する。また、トゥア・ローが魂という概念を持ち、死後に幽体化して現れた場合、生前の個体とは異なる存在として具現したのであり、その状態は”生の延長、生の一形態としての死”ではない。
(*3)驕り高ぶるもの 幻想構造体(または仮説思念体)は、〈この世の摂理〉に製造された存在ではないという意味で、純生体とも称される。彼らのなかには、物質界の知的生命体の進化とともに自然発生した、価値ある想像の具現化であると自負する者が多い。作中では、〈時〉の人格化たる純生体〈時の翁〉が、〈概念体〉をひどく毛嫌いする場面がある。
(*4)認知系のパラドックス 強度な幻想野を有する者の”思い込み”による現実認知の誤りが修正されることによって、その平行時空や他のパラレル領域に影響が及ぶことがある。”居ると思い込まれることでそれまで幻想野に存在し得たもの”が消失するというケースが想定される。無意識的な現実歪曲能力であるとも言えよう。
(*5)親物質派 物質界、とりわけ〈青い星〉の住人トゥア・ローが造りだした「社会」を構築するあらゆる文化を認め、彼らの物質根本的な価値観に同調した時空駆動体の派閥。トイ・メイカーの〈物性化実験〉は時空界全土に知れ渡り、多くの精神生命体が親物質主義に傾倒するきっかけとなった。また、時空界用語の多くがトゥア・ロー語(英語など)であるのは、幻想野の大半を可支配圏域においていることや時空駆動体に「物性」を与えたことなど時空界に対する影響力が関係しているとされるが、実際は親物質派による反摂理サブリミナル活動の一環であるとの見方が強い。