日記2023.10.23

SNSには顔を出しているんですがここの更新は久しぶりです。

前回までのあらすじ、生活も仕事も一新することにして手続きや準備をしつつ原稿を書いていたら、周期的な体調の変化とともに免疫が低下したようで見事に身体をぶっ壊しました。養生するとちょっと良くなり、おっ治ったか? と近所に買い物なんかに行くと一歩戻る、絶妙にすっきりしない感じです。

免疫力低下を如実に感じたのはものもらいが2つもできたことで、幸いなことに今まで粘膜はかなり丈夫だったため人生で自発的にさすのは2度目…?くらいの不慣れな目薬にビビっている。喉に目薬が流れてきて苦い。目薬あるあるなんですね。

近所といえば、自分の住んでいるのはけっこうな田舎なんですが、周辺の土地(元は畑)が勢いよく売り出されており、分譲住宅が乱立し、核家族がコンパクトな新築に転入してくるというパターンが急増していて、子どもの姿を見ることがとても増えました。で、ドラッグストアにもスーパーにもいやな感じの咳をしている子どもさんがたくさん来ており、自分のようなのも同じ空間にいるので、免疫力の弱いもの同士でウイルスなり菌なりをもらったり渡したりしているんだろうなあという予想です。動線が交差せざるを得ない時とかは、お互いままならないよねと思います。

いやおまえは大人なんだからそう思うなら寝とけよという話なんですが。一回買い物で駄目になった後、二、三日マジで寝るだけの休養日を設けてはみたものの、その後の体力の低下が著しく恐怖を感じたりもしたので、動けるなら(自宅で)動いたほうがいいんではないかと思いました。家事をするだけで胸がゼエゼエするのは自分の感覚ではけっこうヤバい弱り加減だなあと。夏場を生き延びるため体力づくりした筋力貯金がなかったら本当にまずかったのでは。ていうかその疲れとかが今になって来たのか。

心境としては、高齢者との生活を他人に任せて家を出るんですが、その辺りが引っかかってはいるなと。ただ仕事も同じようなものなので前のようにいわゆる介護離職というのはしたくないわけです。上のきょうだいが実家の近くで例の新築に住まうらしく、なんか上手く助け合ってやってくれないかと期待しています(高齢親族の世話を自分のきょうだいに任せられるというのも環境頼みというか特権的だなと思ったりはする)。

新しい拠点と実家は下道を車で1時間くらいの距離で、県の面積を考えればギリ近場、通えなくもない判定です。週2回くらいは帰るということで身内は納得しましたが、あくまで向こうが許可を下す体なのもどうなんと思ったり。自分としては見捨てるとかではないんですけどね。すべてを終わりまで自分が背負う必要もないと思うだけで。ぶっちゃけ物理的に文化に遠い・ご近所さんの詮索(職業と婚姻出産関係)がキモいあたりが限界点突破の決定打で、介護で自分の時間が取れないとかはおまけの気もします。

こんだけだとなんなのこの記事という感じなので良い感じの近況や予定も添えます。

直近はフォロワーさん伝いに知った印刷博物館の印刷文化学会議(ウェビナー)を観覧する予定で、初学者の自分には難しいかもしれないけれども、アジア諸国の印刷文化については興味があるので楽しみです。京都国際舞台芸術祭を機にもっと学ばなくてはと感じたのがアジアのアーティスト、およびアートについてで、自分の場合韓国について考えることが出発点だったけれど別にひとつの国に執着することはないと気付いた。分野が紙上でも造形でも身体でも、何らかの事情により安心できない状態で活動を始めた人びとのことを知りたくなって、手掛かりが得られたらいいなと思う。

11月は文フリ東京に足を運びますがこれは各所で言いふらしてる感があり、自分としてもあまりテンションを上げすぎないほうがいいと思える緊張感です。自分自身をそっとしておくというかあんま当日まで触らんようにしよというか。先日教えて頂いた青や緑色した見た目と味の認識バグカレー(追記:カレーじゃなくてラーメンでした。失礼しました。どちらにせよその色は一体…?)が気になっています。自分用にURLおいておきます。「吉法師」http://www.kipposhi.tokyo/

美術館・博物館は余裕があれば行こうと思います。上野国立科学博物館のカワセミの企画展や、東京都現代美術館の「共感」に関する展覧会も気になっていますが会期的に無理そう。とにかく体調です。体調さえ悪くなければそれでいい。

12月に名古屋で『高岳親王航海記』のあやつり人形劇(https://natalie.mu/stage/news/542025)があってこちらも楽しみにしています。こちらもたぶん同じフォロワーさんのリポストで知った。なにも言葉を交わしてはいないけれどもいつもお世話になっています。

あとは先述のとおり原稿を書いています。1月の文フリ京都に向けてで、上手くいけば一冊もしくは二冊の新刊が生まれます。ものすごく上手くいけばコピー本もプラスされます。見込みが現実味を帯びるのは11月・12月の自分次第ではあります。がんばって適応して。適応できなくてもいいから元気でいて。無茶か。

逆にめちゃくちゃ下手をしたらホチキス留めのコピー本だけということもありえます。自分の場合「既刊を持っていけばいいか」というのが無くて(既刊、2018年製とかの未だ手元に残った数冊があるにはあるが今の自分が外界に向けて出したいものではない)困りますね。あと原稿以外の準備や当日のことを思うと本当に売り子をだれかに頼むべきだったと思うのですが、覚悟するしかありません。現場で倒れても大変なので無茶だけはしない。何もかも同時にやろうとするのは10代の頃からの悪い癖です。今を逃したら何もできないという感覚の時期はこうなりがち。

話は脱線しますがなんかこう……客観的なデータを基に向き不向きから自分の行動を見直す必要性……というか、WAISとか受けたい気持ちは年々増してはいる。18歳の頃に実習を兼ねてやったんですが全部忘れた。あれは楽しくなくもないけれども、少なからず自身に問題意識を抱えて苦しい状態ならば(大抵はそうだと思うのですが)受検にあたりけっこう万全な体調で臨むべきです。あと点数(結果)教えてくれない! といった被験者側の不満もよく見聞きしますが近年は所感と対策を言葉として伝えるほうが有用とされてるのでしょうかね。自分もそのほうがいいと思います。数は数でしかなく、こと主観で知能を捉える場合一般人(自分も含む)は沼りがちで、情報をネチネチなぶる必要はないんですよね。脱線おわり。

1月の文フリにかこつけて、フォロワーさんにおすすめして頂いたパフェの品揃えがすごい喫茶店と、京都国際〜の観劇マップ部(地元ボランティアさん)のおすすめレポートを見た影響で京都芸術劇場春秋座周辺に行きたいなと思っています。実質喫茶店巡りじゃないか。

写真は引越し先に持っていく秋冬のアクセサリーをとりあえずまとめたもの(紅茶の入っていた書籍型のデザインパッケージを小物入れにしている)。赤青黄を信号みたいに揃えてないと落ち着かない。あと心のよりどころ。推しの概念がごちゃ混ぜすぎない? 端的にいうと自慢です。きみどり色のセキセイインコぬいぐるみも連れていきます。鳥ロスがいちばんつれえ。ロスってべつに対象を失ったわけではなくても使っていい言葉ですかね。先日から荷造りを少しずつ進めてますが枕と箸と衛生用品と着るものは準備したので大丈夫でしょう。

人生の切り抜きとしてはそんなところです。これだけ長い日記が書けるなら大丈夫な気がしてきました。無理せずやっていきます。