02/27
知る人ぞ知る豊橋駅前大通りの「焙煎研究所」にてコーヒー豆を購入した。せっかくなので一杯のコーヒーを淹れるまでの過程を記録する。
お店には個展とライブを観るために訪れた。2階のギャラリーで絵を観て生音を浴び、1階で淹れたてのコーヒーとマスタードのきいた肉肉しいホットドッグを味わう時間は贅沢以外の何ものでもなかった。お話も聴かせて頂き大変お世話になりました。
ちなみにお店で頂いたのはルワンダのコーヒーをアメリカンで淹れたもの。すっきりしてとても美味しかったです。
事前に連絡をすると好みのブレンドを調合したり、焙煎の体験ができるよう。名前のとおり研究所然とした店内を眺めながら、いつか体験してみたいと思った。
普段コーヒーはまったく飲まない。喫茶店では紅茶のようにライトなものをよく頼む。カフェインにも弱く、喉が乾く感じがして苦手である。それ以外の文化的要素には魅力を感じるため、どうにか無理なくコーヒーという嗜好品を楽しめるようになりたいとは思っていた。それなら、飲むというより淹れるのを楽しんでみたらどうかと考えたのだ。
苦手なりにコーヒーを飲むなら苦味やコクを重視するほうで、酸味は不得手。カフェオレにするのを好みます、と伝えて店長さんに選んで頂いたのはタイのブルームーン。焙煎日は前日の25日で煎り具合は深煎り。店頭で瓶詰めされた豆を嗅いでみると、ふわっというよりハッキリした良い匂いがした。
タイコーヒーは、70年代〜80年代に麻薬栽培撲滅のため王室によって生産が加速された。本格的な生産拡大や品質向上を経てからの歴史は浅く、国際的な基準による等級付けはなされていない。涼しい気候に向いたアラビカ種のコーヒーノキは標高の高い北部で栽培される。
植民地や奴隷制といった背景を持たず、国家による農業推進が行われ、タイ国内の若い小規模農家たちが安定した収入を得られる事例は稀有だ。麻薬台頭といった必要悪的問題が前提にあったとはいえ、タイコーヒー産業のような経済的自立の成功ケースが世界に増えることを願う。
国内消費量が多く、現地では砂糖や牛乳をたっぷり入れて飲むとのこと。そのため、ブラックコーヒーが得意でないならとおすすめしていただいた。
ブルームーンは挽かずにそのまま煮出すこともあるらしく、豆の種類は違うが煮出し方もネット上で検証されていた。ただし、その記事では豆を煮出すなんてやるもんじゃないという結論が導かれていて、初心者の自分は無難に中細挽き……グラニュー糖より少し大きいくらい、を目指すことにする。
前述の通り豆のまま挽かないこともあるくらいだそうなので、ちょっと粗めでもいい気がした。
きちんとした道具を使ってみたさはあるものの、とりあえず今回は身近にあるもので。自ら趣味の世界に飛び込む間口を狭くする必要はないし、素人なりに調べたり工夫したりするのも楽しいなと思う。
前置きが長くなった。コーヒー豆を挽く。
自宅には専用のミルやドリッパーがないため、原始的にすり鉢を使って細かくするつもりだった。あくまで一時的な手段としてミキサーを使う方法もあるようだが、故障などがやや心配。念のため確認してみると、自宅のミキサーがミルミキサーであることに気づく。取り外し交換式のミルカップが戸棚の奥から出てきた。おおお。使う機会がなかったのですっかり失念していた。
いわゆる電動ミルを用いる形になった。ちょっと飲むだけなのでティースプーン2杯ほどにする。10秒ミキサーを4、5回繰り返し、大きな欠片がなくなるまで砕く。中細挽きにできたかは自信がなかったが、ふんわりとしたコーヒー粉ができた。
ドリップ方法を考える。できれば円錐型の漏斗とフィルターを見繕いたい。じつはこの間、たまたま別のコーヒーを布でドリップしたばかり。同じ要領でできないかと検索してみるとキッチンペーパー、お茶パックなどいろいろ試しているひとは多いようだった。
不恰好ではあるがお茶パックと家庭用の漏斗でドリップしてみる。少量のお湯で蒸らしてから、小さなカップ二杯分ほどを抽出。
漏斗とお茶パックのバランスを保つため手で支持しながらお湯をゆっくり回し入れ蒸らす。最初はいかにも薄すぎるかと思ったが、徐々にコーヒーらしい色合いの液体が滴り落ちてきた。色味からして濃さは完全にアメリカン。
ふっとフルーティな、なんともいえない複雑な香りがする。インスタントコーヒーに慣れた鼻には、粉っぽさ、煙っぽさ、ふわりと舞い上がった粒子を吸い込む感じが新鮮だった。
味はお店でオーダーした通り、きつい酸味が苦手なわたしでも非常に飲みやすい。少量だったせいか薄めだったので、それほど強い苦味やコクはなかった。強烈な感じはなくあっさりと飲める。
カフェオレにもしてみた。牛乳に負けないコーヒーの存在感があり、まろやかでとても美味しい。味蕾にしばらく残った風味、コーヒーの後味を味わうのがたのしい。
インスタントで飲める手早さも日常には欠かせないものなのだろうけれど、こうやってゆっくり時間を抽出する営みも良いものだなと思った。
特別にうれしい出来事やイベントのあった次の日など、どこか虚しくからっぽな気分になり、空白の時間に良くない思考がループしがちなのだが、コーヒーを淹れる作業によってなにかに取り憑かれた思考がほぐれた。こういった過程を踏むことが気分転換になり得るのだな、だから大事な時間といえるのだなという結論に自然と辿り着いた。
なにか創造的なことや頭を使う作業をする気にもならない時も、とりあえず豆の手挽きをすれば一杯のコーヒーは創り出せる。なにもできない一日だったなー、で終わらずにすむ(勿論、べつになにもしない日があってもいい)。
自分の大事にしたいもの、必要だと思うもの(ここでは自分のコンディションを調整する時間)に対して、自分の言葉で自分なりの理由を見つけられると嬉しくなる。
ずぶずぶのめり込んでゆく音がする。またなにかしら記録できたらと思います。
02/28
コーヒーフィルターとスタンドを求めてやってきた百均の五百円商品棚で手動式ミルを発見。趣よりも機能性を重視した現代的な雰囲気。コンパクトさと気軽さに惹かれて購入した。ビギナーにはちょうどいいと思ったし、これなら気負うことなく生活に取り入れられそうだった。
さっそくその日の夜に手挽きを行う。組み立ては簡単だった。豆はスプーン一杯程度入れ、挽き終えたら新たにもう一杯。腕に伝わってくるプチプチ豆が弾ける感触が心地よい。静かな環境でじっくり音と香りを楽しめるのが電動との最大の違いだ。挽きながら、透明な蓋越しに内臼へ豆が吸い込まれていくさまを眺められるのもいい。
料理を作っていると調理の段階で空腹が満たされることがあるが、コーヒーのドリップにおいても同じようなことが言えた。
料理ほどには事後ストレスがない適度な流れ作業っぽさと、自分に合った豆の選定や道具やアクセサリに凝ることもできる(凝らないこともできる)クリエイティブな部分とのバランスがいいと感じた。
道具といえば、手動式ミルのゴリゴリした手作業感や取手のある見た目の雰囲気のよさも好きなのだが、コーヒー用品で試してみたいのは数年前に存在を知ったセラミックフィルター。
自分は大の陶器好きで、調べた道具の中ではやはりセラミックフィルターにいちばんグッときた。衝動買いしてしまいそう。良い機会なので慣れてきたらいろいろ調べるなどして導入を検討することにします。
体質的に気にかかるとすれば、この数日朝夕飲んだ結果胃腸の調子がやや変なのと、頭痛がする時があったり(これは気候的なものかもわからんが)、夜まったく寝付けなくなってしまうこと。量と時間を調整すればまあ支障はないように思える。
あまり飛ばしすぎずのんびり付き合っていきたい。
03/01
久しぶりの知人が勤務先に訪ねてきてくれた。
なんでも最近コーヒーに興味があるらしく、奇遇だねと話が盛り上がった。友人とキャンプに行ったとき、ミルを使って淹れてもらったコーヒーがとても美味しく、がぜん興味を持ったらしい。良い思い出だったのだろう。
店のピークタイムを過ぎて余裕があったので、いっしょにうちのテンチョーから雑談がてら簡単なレクチャーをうけた。ちなみにこのひとはわたしにギターも教えてくれている。いっこうに上達がなくてすみません。
「コーヒー・紅茶はのめり込みがいがある趣味だよ」と嬉しげに語り出すテンチョー。いちばんは、自分が美味しいと思う味を追求することだそうだ。たしかに、なにをもって美味しいとするかは人によって千差万別だろう。
同じ趣味を語れるひとが居るのはうれしいことだ。
03/02
自宅の徒歩圏内にある焙煎工房に出向いた。
あまりにド近所なので店名などは伏せる。目立たない路地裏にある小さな店舗で、うっすら認知はしていたものの特に用事がないため一度も行ったことはなかった。
店舗には十数種類のコーヒー豆が並ぶ。どんなコーヒーをどのように嗜むかポツポツと会話をし、ご厚意で試飲させてもらったのはタンザニア・キリマンジャロ、ムウィカ組合ウォッシュド深煎り。
品種はブルボン、ケント。キリマンジャロ・ロンボ地区、標高1300から1600mの地域だ。生産者はそこで組合に所属するおよそ930世帯の農家さん。
19世紀、ドイツの宣教師によってタンザニアにコーヒーがもたらされて以来、キリマンジャロ周辺はタンザニアコーヒーを代表する主要産地となっている。Mwika(ムウィカ)組合は地元の小農家たちによって1994年に結成された。
組合はウォッシングステーションをかまえ、チェリーの収穫後すぐにパーチメント加工をする。そのため、チェリーの長期保管による腐敗や発酵などを防ぎ、品質の安定に成功している。
火山の影響で肥沃な大地に育つコーヒーはフルーツのようなフレーバーが顕著だ。
コーヒーに詳しくなくてもキリマンジャロは聞いたことがある。有名だからと飲む必要に駆られなくてもよく、いろんな栽培方法や焙煎のものを飲み比べできる楽しさがあるという意味で、そういった知名度を基準にあたるのも良いのではないかとのこと。やはり楽しいかどうかが重要なのだ。
コーヒーを待つ時間は穏やかで心地いい。
酸化や浅煎りによる酸味についてはむろん気にしなくていい。味わう上で気にかかるのはコーヒーチェリーの特徴としての果物っぽい酸味を自分の舌が美味しく感じられるかだが、心配には及ばなかった。
たしかに酸味はあるが、メインはコクの深さで、ツンと口内や喉を刺激しない爽やかなアクセントが良い。美味しい一杯をありがとうございました。
同じ豆をくださいと伝えると、その場で欠点豆の除去(ハンドピック)から始めローストしてくれる。焙煎機の稼働を直近でいちから見るのは初めてだった。青白いコーヒー豆が徐々に見慣れた色(といってもコーヒー豆をまじまじ見るようになったのはここ数日のことだが)になってくる。流動する豆の動きが興味深かった。
煎り終わると再度丁寧にハンドピックをしてくださった。
コーヒーの淹れ方ガイドも受け取って帰宅した。
自宅で手動式ミルを用いて淹れてみる。商品説明カードにはカカオやオレンジのような香りとあり、自分にとっては花の蜜を彷彿とさせる香りがした。単に嗅いですぐイメージしたのがそれだっただけで、たぶんいろんなひとがいろんな表現をするのだろう。香りから想起するものの個人差も気になるポイントである。
85℃〜90℃くらいが適温らしいので、熱湯でサーバーとコップを温め、そのお湯をケトルに移し替える作業を意識的に行う。これをすればだいたい熱湯が適温になる。
ブルームーンと比べて香ばしさが強調されているような感じで、自分にとっての「これだ」というコーヒーらしさがあった。
同じ深煎りでも豆や焙煎工房の違いが出るのか、色濃く仕上がる印象。最初のドリップである程度抽出したら、全量の半分には満たないくらいのお湯を注ぐ。薄くなってしまうのではという気がするが、オーナーいわく、ペーパードリップの場合、残りのお湯を後半滲み出る雑味で濁らせるのではなく、最後にお湯だけ注ぐとスッキリと味がまとまり一段と美味しくなるという。
比べる対象はないが、言われたとおりにしてみるととても美味しかった。煎りたて・挽きたて・淹れたては美味しい。特別な飲み物だ。
今度はコーヒー専用のケトルがほしくなっている。お湯を注ぐときにどうしても零してしまったりペーパーフィルターに当ててしまうのがよろしくないと感じた。
見返してみるとこの一週間はじつにコーヒーまみれだった。急がずちょっとずつ自分の世界を広げる楽しみ方をしていきたい。記録をつけるのも楽しみだ。
話がずれるが、創作上の表現、小説や映画や歌詞なんかで「せっかく美味しく淹れたのに冷めてしまったコーヒーの不味さ(時間を経たゆえの嫌な酸っぱさ)」が登場するのをよく見る。あれまじ? と思い実験的にやってみた。ほんとだった。まじで不味くてまじで気分が下がるもんなんだというのを今回初めて体験して実感した。淹れたコーヒーが美味しければ美味しいほど不味くなる。もうやらないが有意義ではあった。
わたしの創作では白衣を着た不健康なひとが研究室にコーヒーメーカーを置いているのが基本的情景としてあったりする。ミステリやサイエンスフィクション界隈ではわりとメジャーな光景な気もするし、現実でもアリなようだ。アンニュイな雰囲気でビーカーとかにコーヒーを入れるやつだ。自作品では無知と関心の薄さゆえに細かく描写したことはなかったが、今後はこのログがすこし創作にも活かせるかもしれない。