①1日目前半 GwH〜環-Tamaki-

執筆期間 21.12.27-22.1.25(誤字修正 22.3.8)

 

Side.SIZUKA

──チケットとコインを一枚握りしめていた。弟に倣って、ぼくもぼくの記録を残そう。

 

【Day1.開演前】

ノッキンオンヘブンズドア。
これは、きっと身体に受けた傷だけでなく、打ちのめされ、罪の意識や批判されることへの苦痛に耐えられずに、天国の扉を叩いたひとたちの声だった。
ぼくの生まれた頃とそう変わらない時代。

今のところ、この国は戦場から遠ざかり、幸いにもぼくらは軍服に袖を通さずにすんでいる。でも、いくら時代が変わっても人の苦しみは普遍的なものだ。どんな環境であれ、苦しんだり傷ついたりしない人はいない。喜びや嬉しさも、またそうだ。
記憶は声によって受け継がれる。
ぼく自身のルーツというよりも、大衆のルーツと呼ぶべき曲があるのはそのためだと思う。

誰の日常も物語れば罅割れや傷がある。
だから、今夜目の前で開く扉の向こうにも、さまざまな激情を抱いたひとたちがいるのだろう。ミュージシャンも、観客も、イベントに携わるひともすべてだ。
ライブハウスやイベントに足を運ぶたびに、そんなことを思う。同じことを思っている。

過去。歴史。
ぼくたちはそういったものを知らず知らず背に負いながら、今はただ、純粋に熱狂を求めてやってくる。少なくともぼくはそうだ。

打ちのめされにきた。
歌っているひと、奏でているひとを間近に感じるのが好きだ。彼らはぼくを叩き潰し、ぺちゃんこにし、引き伸ばし、ぐるぐる振り回して、どういうわけか、すべてが終わったとき、ぼくはすっかり出来上がって、感情はそのたびに違えど、救われている。

もうすぐ始まる音楽の狂宴を待ちながら、ぼくは目を閉じていた。
周囲のざわめき。喋るのがうまい人みたいにすらすらと言葉が出てこないから、ずっと頭の中で言葉を組み立てて考えている。

まだ開演していないのに、会場には独特の空気が渦巻いていた。はやくエネルギーを放出したくてうずうずしている観客たちから発せられる、オーラのようなものかもしれなかった。まだ渾然として、一団とは呼べない群衆のゆらめき。
期待、歓喜、不安、震戦、祈り、悦楽、孤独、緊張、興奮、愛情、希望。

「さっき外国のひとも居ったよ。すげー。どこの国のひとやろ。」

声が出てこない。

「しーちゃんえらいんか?」

早くも汗をかいているのが自分で分かる。
五十鈴が少し屈んで声をかけてくる。頷いて小さな声を返したが、耳を傾けてくれる弟にさえ聞こえなかっただろう。
だめなときは立っていられなくて、ガタガタと震戦が起きる。ライブハウスや他人が悪いんじゃない。そういう星の下というやつだ。弟も過度に心配はしない。それが余計良くないと知っているからだ。
ライブは何度も行くのに、音楽の生演奏が好きなのに、人混みには未だ慣れない。きっと慣れるということは一生ない。水中が苦しいのと同じようなものだ。

照明が落とされた。無意識に息をひそめる。大丈夫だ。
水中。そういえばまるでここは海底のようだ。
幸い──ぼくにとってはありがたいことに──いま居る客席は、後方のバー・スペースに近く、間違っても本物の海みたいに人波が押し返してくることはない。場内の雰囲気を考えても、フロアが大混乱になるようなこともなさそうだ。
そして、渋谷アルブレヒトのエントランス近くには、モニタでライブを鑑賞できるラウンジスペースがあった。息継ぎはできるようになっている。

山登りや水に沈む時のような頭蓋への圧迫感。
どんな音が襲いかかってきてもびびらないぞと虚勢をはって唇を引き結ぶ。

 

【GHOST with HUMAN 8910】

いきなり、ボーカルがステージに居ないというわけのわからない集団が出てきた。居ない、と思ったらこの場に現れるかのような、妙な視覚刺激に目をしばたく。バンドというよりアート集団と呼んだらいいのだろうか。アートには詳しくないから良し悪しは分からない。
後方の位置から全体を見れば、種や仕掛けが分かりそうなものだが、魔法みたいに映像と現実の区別がつかない。
テクノ、エレクトロニカ、アンビエント……? 普段あまり聴かない類だ。異臭のするようなゴア・トランスなら聴くことがある。ぼく自身が電子音楽や最新技術に疎いのもある、だがそれを差し引いても、ルーツが感じられない。一切のノードから断ち切られているような。
強いて言うなら、ダブ・ステップの印象が強い曲はInfected Mushroomふうにも感じられた。でもこのパフォーマーはマッシュルームじゃなくて雲頭だ。

雲頭のダンサーがくねくね蠢めく。
おれはなにを観せられているんだ?

ギターの演奏に集中した。
なんの余興なのか、見たこともないギターを使っている。形じゃなくて素材だ。ぼくは決して、見ただけで楽器の素材が分かる専門家や天才なんかではない。直感だ。なんだか、魂が抜けたような、骨みたいに肉っ気がなく、ぐにゃりとした真っ白な機体は気色が悪い。幻のようなその人物が、スクリーンに映っているのかその場に居るのか、現実感が狂うせいで、ギター(?)本体が歪曲して見える。いや歪んでる。ぜったい曲がってる。物理的に曲がっちゃいけないところが曲がってる。

その奏者兼ボーカリストが弾いて……弾(ひ)いてもいないかもしれない。はじいていない。叩いてもいない。弛んだ(!?)弦に触れているだけに見える。指先の動きは至ってシンプルだ。あの楽器は“ギター”とは形だけの大幅に改造された“なにか”だと確信したが、それより奇妙なのは声だった。
人間の歌声と違う。じゃあ何なのか。よく分からない。「人間の声だ」と言われれば納得できる、その程度の違和感ではある。
Squarepusherやダフト・パンクのコスチュームのようなジョッキーの装いといい(けれど、彼らにインスパイアされた雰囲気でもない)、ロボットや機械をモチーフにして、わざと合成音声に聴こえるようにしているのかもしれない。だとしたら凝りすぎのような気もする。生の歌声でいいのに、と思うが、こういった音楽もたぶん今後は増えていくのだろう。この集団は奇妙すぎるが。

異国のことばが、異色で異彩で異様なフェスの始まりを告げる。
奇しき祭の幕が開いた。

 

【THIS EARTH IS DESTROYED】

続くはTHIS EARTH IS DESTROYED。その前にぼくは早くも離脱。初っ端から理解不能なダメージを負って、フロアを離れて深呼吸していた。弟は心配そうにぼくを見送ったが、奴の幼顔はけろりとしていて憎らしかった。

壁際から戻ると、ちょうど時間だった。にわかにフロアにざわめきが広がっていた。
さっきの集団とは別の意味で驚く。
環のベーシストとSIGNALREDSの打楽器奏者が共演している。様子を見る暇はなかったが、五十鈴の「えぇ……!!」という黄色い声が聞こえた、気がする。
SIGNALREDSのひとは、CDにも毎回名前がクレジットされているくらいバンドとの付き合いが長いメンバーだ。すぐ分かった。

事前の情報から想像するのと実際目にする光景は、やはり別ものだった。
目の当たりにしたボーカル兼ギタリストの雰囲気はまた一種独特だけれども、さっきのボーカルのようなトンデモ感はない。ぼくと同じような世界で、同じような土を踏んでいる人間だと思えた。

「昨日の唄」。

「──この地球は、もう滅びましたが、この滅びた古い地球に、みなさんの1年の厄を落としてください」

そうして、話し声もまた、衝撃的な内容はともかく虚飾(うそ)のないものだった。さっき物販も覗いたが、完成度の高いアートワークだった。直にアーティストを観て、あれは本人が手がけたものかもしれないな、と思った。

「今日の、メンバーの紹介をします」

期待しているバンドのメンバーが、サプライズ編成で集ってくれたことにも感動する。
ギタリストの口調は、からりと明るいサポートメンバーふたりに挟まれても変わることはなかった。

「環はボクも歌うのでよろしくお願いしまーす!」
「シグナルはこのあとラストに演りますので、皆さん、寝ないように(笑)」

楽しみです、と心の内で頷く。今夜は最後まで倒れるわけにはいかない。
終末を告げるような声が囁く。
最後までお聴きください……

轟音。暗闇のなか。傘もささずに、車軸を流すほどの雨をうけて、髪も服も水を吸ったような光景が思い浮かぶ。物理的な重たささえ感じる。音が降ってくる感覚だ。こんな獰猛な慟哭が、本当にギターの音なのか。そのひとの口から発されるのは、呪いのような呻きでも叫びでもなく、うつくしい、甘い歌声だ。
悪夢だ、それも研ぎ澄まされて、むやみやたら耽美なもので飾ることのない悪夢。自然な甘味が優しいわけではない。自然界には毒だってある。

ぼくの音楽遍歴は偏っている。考えるより先に音像がリンクしたのは、Candlemassのような荘厳なドゥームだった。いや、たしかに破滅を歌ってはいる。けれども、もう「この星」にはすでに叙情詩や神話さえ生き残ってはいない。恐ろしい。その恐ろしさ、終わりのない無が、亡が、「 」だけが、降り続いている。轟音の雨を打つ、ぼくの足の裏の接地が、岩肌の剥けた黒い焼土のように感じる。

事前に聴き込んできたわけではない。はじめは、女の子の共感を得るタイプのアーティストかと思っていた。実際、そうした受け取り手のファンもいないことはない、かもしれない。
でも生で聴くと、このひとの立ち位置は違ってみえた。そこは共感を訴えることのない場所。そんなことはもうできやしない、滅亡の予感に支配された場所にいる。キュートさとはベクトルの異なる、むしろ目が真っ暗で、その不穏さに魅力があるひと。
……に、立場や性別や年齢や出自といったもの、なにもかもを越えたところをゾッと撫でられる。このひとが歌っているのは、ぼくの絶望だとさえ思えた。眠れない夜の。頭痛がする朝の。ひどく中身のない白昼の。あたりまえに疲れた夕刻の。やるせなさと無力感で現実を放棄した時。深夜の風呂場にも似ている。ふと意識を手放した瞬間に訪れる激しい虚無。ノイズの通り雨。ひと時は永遠と同義。

背中が曲がり、頭が重い。なんとか目線だけ持ち上げてステージを観ている。
終わった?……永遠が終わったのだろうか。
この出端からの変化球二連投。最終的にタイムテーブルにゴーを出したのがどんなひとか分からないが、ファイネッジレコーズ主催の、このフェスに、所属アーティストとして一番手を飾るのがTEIDという思いもかけぬ采配に、ぼくは力の入らない手を握った。いま思えば、本当は大きく拍手をしたかった。が、できなかったのだ。だってそんなことをしたら。

恐る恐る、少しだけフロア全体を観察した。まだ音が耳で鳴っている。
ふと頭上を仰ぐ。まだ暗いはずなのに、不思議と、天のあたりが明るくみえた。
そうか、悪い夢から醒めると救いがある。あるいは、またそのために悪夢のなかへ自ら飛び込みたくなる。それが救いになったら救いようがない。

心地良かった。もう一度。もう一度。自分の意思で聴きに来ておきながら、薬物中毒者のようなナンセンスな憤りが込み上げた。どうしてくれる。おれのようなリスナーにTHIS EARTH IS DESTROYEDを生音で聴かせるとは。もう禁断症状が。

 

【Laruscanus】

情けないことに、またも身体的な苦痛(喜ばしいことである、打ちのめされにきたのだから)に変な汗をかきながら、柵を握りしめ上体を支える。早くもインナーシャツを着替えることになりそうだ。
転換の時間はあっという間に過ぎる。

ラルスカヌス。五十鈴はいろいろ言っていたが、あまり情報がなくて存分に下調べしたとは言えない。それに、ぼくはあいつほど熱心に、これから初めて生で聴くミュージシャンを聴き尽くすことはしない。音楽に対して同じかそれ以上の熱意を持ってはいるが、ぼくはよく知らないままガツンとやられたい。
見た感じ、ストレートなロックバンドといった雰囲気の3人組が現れた。ついさっき見た気がする雲頭のイラストプリントTシャツを着ている人物がフロントマンらしい。
声量のある、そして意外なハイトーンの歌声が、すうっと後方の席まで飛んできた。よく澄んでやわらかだ。
この声質には馴染みがある。弟の歌声に少し似ている。ただそれは高音域のウィスパーボイスという点で、五十鈴の淡くか細いコーラスとはまったく違う。もちろん、ボーカルとコーラスの役割の違いはあれど、このひとは、時に北風のようにひゅうと遠くへ吸いこまれ、時に鼓膜を溶かすほど深く甘やかな歌声を使いこなす声帯の持ち主だと感じた。
重なり響く女声コーラスの相性もよく心地好い。ドラムセットにタンバリンがあることが気になっていた。気を衒った様子はない。表情やここから見える上体の身のこなしは、揺らぐことなく、かといって強張っているわけでもなく、自分の撃ち放つ音に自信をもっているひとの姿だった。

確固たるドラムが曲を導く。ギブソンのサンダーバードも続く。それと共に歌い上げられるのはロマンチックな愛の詞だった。まるで口元のマイクの痺れを直に感じるような気分になる。でも、落ちない。そっちに気を取られるまえに、瞬時にギターに翻される。ずるい。
五十鈴はきっとベーシストに陶酔しながら、そんなことを思っているに違いない。

「月の恋人」。

そうかあ。そうやね、Polaris。おれCD持っとるよ。声良くて。もっとちゃんと聴いといたらよかった。原曲はたしか、シンバルがシャンシャンしとって。こういうアレンジ面白いな。
聴き終えてもそんなことを言いながら、ずっと熱に浮かされているようだった。

ぼくはギタリストを注視していた。
(サーフグリーンのギター。ムスタングっぽいな、ちがうかな。ボディが小ぶりやもんな。遠くてよくわからん。あんなんあるんやなあ。)
飄々として読めない表情。思いもよらない変幻自在な音、よくしなるスナップに釘付けになる。次々と身軽に繰り出されるエフェクト。まるで、障害物に打ち当たることなどないと分かりきっているかのようになめらかに弾きこなしながら、テクニックを苦にする顔色ひとつみせない。あの機体を手にしたらぼくでもあんなふうに弾けるのか? あんなに簡単そうに。そんなわけはない、だいたい体格に合わないし出したい音も違う、わかっているのに邪な錯覚がよぎる。こういう妄想は悪い癖だ。
ギタリストの前にはマイクがない。
ぼくにしてみればこっちのほうがずるい。格好良いのだ。格好良いのに。どんな気持ちでそこに立っているのか、音楽に乗せるならどんなふうに。そういうことを語らないギタリストは、雄弁な演奏で、そんなの聴けばわかるよ、と言いたげに……、ぼくには見える。
格好悪くて喋れないギタリストのひがみはもっと格好悪い。素直に憧れろ。鮮やかに弾きまくってすぐ飛び去ってしまいそうなギタリストが、いま、この瞬間演奏している────。
格好良い。

ステージに立った時には、どこか所在なさげにすら見えた3人がそれぞれの個性を放って、曲がひとつになる。創意にあふれ、単調なところがどこにもない。

納得いく演奏ができたようで、全員でフィストバンプ。爽やかな光景だ。
屋内なのに、さっきまでと同じ空間なのに、まるですっかり空気を入れ替えたようだった。
なんだか汗が爽やかな運動をした後のそれに変わっていた。

〜転換中〜

時は入場時に遡る。
音源やグッズのチェックは始めのうちにと、そわつく気持ちを紛らわしながら物販ブースを眺めながら進んでいた。このフェスはきっと意外な方向で攻めてくる。こちらも態勢を整えて臨まなければ。
フェスを楽しみにやってきたひとびとで賑わう行列。そのなかで飛び交うひとびとの声を、耳が断片的に拾った。

「──環のドラムの人が──自分で花贈ってる」
「──んで?」
「──……ち聞きして──」

花。入場口にあったスタンド花?
会話もよく聞こえなかったし、その花もよく見ていなかった。いや、花は見た。正月らしさや個性もある立派なアレンジメントだった。贈り主が環とはどういうことだ。

環の音源は弟とほぼ共有という形で聴いている。ふたりでフェス前に話し合っていた際も、環は特にライブが気になるバンドの一組だった。ファーストアルバムの『環』はケースよりもCDプレイヤーに収まっていることが多い。

五十鈴がいうところの「土着的ななにか」に惹きつけられるのは同感だ。真に無心になるような何か。ポストロックのCDコーナーに立ち寄ることはあまりないが、聴けばハマるギターロックで、兄弟そろってその渋さが気に入り、やたらヘビロテしている。ただ、それ以上に詳しいことはあまり知らない。だからライブが楽しみなのだ。
少し後ろを振り返りながら考える。なにか事情があって環が急に来られなくなったとか? それなら花を準備する段階でその旨を周知させるだろう。そんな告知は無かった。たしかに謎だ。

「どしたん」
「なんか、謎が深まったわ」

別方向を見ていたらしい五十鈴は、なんのことかと目を瞬かせた。

 

【環-Tamaki-】

けれど、そんな心配は杞憂だった。
照明が灯る。そういえばこのフェスでメンバー全員男性のバンドが登場するのは初ではないか……たぶん。
笑声や野次も飛び、今までになく親しみやすいというか、和やかな雰囲気だ。スタンド花の謎も、本人らのMCによって理解した。理解はしたがなんで?

なだれ込むように曲が始まる。
低/高(ギター/ベース)の男声ツインボーカル。そうだ、この編成にシンパシーを抱くのだ。生で観ると思わず歓声が上がりそうになる。
濁らず軽すぎず疾走感がある。
詞の意味はよく分からない。英語は苦手だ。ただやっぱり、佇まいや仕草から、音源ではわからなかった独特なメンバーの存在感を感じられるのは良い。諸行無常というか、悟りを開くような印象を受けるのは実際姿を観て聴くからこそだろうか。

リードギターのモズライトとストラトサンバーストの厚み、決して走りすぎないドラムスに支えられ、TEIDのサポートに徹していたベーシストも楽しげに音を跳ねる。外見が似ている似ていないではなく、年若いベーシストには弟の姿が重なる。

若さ……環、輪、土星の環、星、宇宙、時間、環、環のファーストアルバム、2001年、宇宙の旅?、いま、タイムテーブル、冥王星……あれ?
頭になにかが引っかかった。
この時の違和感は、ぐるぐる回るギターロックで心地好く踊るフロアと野太い声援にかき消されて、……。
────善き哉。

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つづく