(2.5) 1日目終了後感想会&忘年会

 執筆期間 22.4.28-22.5.13(修正 22.5.14)

〈MTML〉

〈HEAD〉
〈NO EXISTS〉
〈FORM PARALLEL METHOD
=“META TEXT”〉
〈SECRET〉
★これは、MetafictionText Markup Languageが定義する、 Puzzlyze主体の簡便な口述筆記です。登場する固有名詞は、あくまで記録者の主観により立像します。この記録は、多次元間をインタラクティブに結んだり、対象の情報を決定づけたりする正確性・強制力を持ちません。

★ここは、ノーエクという現象ありきで成り立つ「仮想200X年代でもあり201X年代でもある」奇妙な時空間です。かれらはこの間を総じて現代・現在と呼びます。

★深く考えると世界が崩壊するため、彼らは自己保存の法則に従い、ある領域から先の認識について不透明な状態で過ごしています。彼らはその認識に近づいた時、基本的には本能的恐怖を抱き、防衛手段や納得できる理由を講じます。

★本記録は、secretタグ内のこの文章を除き、筆者である彼ら自身も読み返すものであり、架空のネットワーク上に閲覧者を制限してアップロードする(された)ものです。しかしながら、かれらが前後の記述の不整合性に気付くことはありません。

★evyによる介入・情報改竄の超常的権限をシステムの下位構造へダウングレードし、一時的にプロトコルを強制阻止しています。
〈/SECRET〉
〈/FORM〉

〈BODY〉

 

Side.SIZUKA

12月31日、正午。

場所は渋谷東急イン(現・渋谷東急REIホテル)の一室。
駅から近く、不必要に気取っておらず、設備が整っている宿をと、五十鈴が手際よく手配した。勝手知ったるというわけではないが、前にも利用したことがある。

5泊(12/30〜1/3)の日程だ。5連泊割引き・会員カード提示でさらに料金を抑えた。フェス2日目はこれから。まだぜんぜん想像もつかないが、4日の昼ごろには名古屋へ帰る新幹線のなかだろう。いったいどんな気持ちで帰ることになるのか。

フェス後はふたりで初詣と楽器店やレコードショップの初売り。それ以外は休息。ぼくのなかでは、予定は予定通り。決まったことは決まった通り。

「そういやもうちょいしたら、小西さんたちと会う約束したけど、えーか?」

寝坊してレストランの朝食にありつけず、コンビニで買い込んできた肉まんを食べきってから弟が言った(この後半年は節約生活になるということをわかっているか?)。
ぼくは露骨に顔をしかめたと思う。

「誰や小西さんて」
「緑色の髪の派手派手なひと、居ったやん。てか話したやん」
「おれは話してない」
「……無理そう? 悪い、じゃあおれだけで行くわ」

べつに一緒に行くのはかまわない、と答えた。
知らない人間とはできれば接触したくない。ぐいぐいコミュニケーションを迫ってくるタイプの人間も苦手だ。
でも、もう五十鈴が約束したんなら仕方ない。約束、決め事というのは守らないと落ち着かない。

「肉まんだけやとフェスまでもたんな」
「“たち”って言ったか」
「あー。小西さん、……スイ?さん、……東さん、やな。ほら、LINEに書いてある」

スマホを見る。「はい!」とか「りょーかいです!」とか短文を1通ずつ分けて送ってきている。意味のわからないスタンプもえげつなく多い。そしてとにかく返信が早い。せっかちな人となりがよく分かる。
ため息が漏れる。弟は苦笑した。

「まあ押しは強いけどなあ。たまたま、おんなし中京圏から来とりんさるんやしさ。なにかのご縁ってことでな? 無下にしたらかんやろ」
「何の約束」
「あー……? たぶんどっかしら喫茶店とかで昼たべて、フェスの話するんちゃう」
「喫茶店」
「ちゅうか、まあ、マックとか。なんかあるやろ、年末でも」
「……、さっき食ったばっかやげ」

飛び入りの予定、急な時間変更、知らないひと、ぜんぶいやだ。
しっかり着込んで、とりあえず外に出る。寒い。目がしぱしぱする。弟の後ろにのたのたついていき、その3人組と落ち合う、

……前に、ぼくは弟にボソリと大事なことを尋ねておく。面倒ごと……まあつまり、あのなかの誰かが個人的に気になるとか、そういうことなら、ぼくはあまり関わりたくない。むしろ居ないほうがいいんじゃないか、とおもう。

「なあ、何きっかけ」
「小西さんがなー、ラウンジの壁際でぐうぜん隣合って休んどったらさ──」

以下、こういうことらしい。

〈REMINISCENCE〉
GwHの出番が終了した後。

偶然、本当にたまたま、ふたりの独り言がぴったり重なった。

「「やっべーーーー……」」

そして、鷺山五十鈴と小西あきらは、互いの顔を見合わせた。

「……ですよね!?!? ゴーヒュやっばいすよね!!(興奮)」
「あれはやばいっすね……(ドン引き)」

いちおう声は抑えるよう努力しているらしい小西は、かわりに小さな拳を震わせる。

「やってくれましたよね!!(歓喜)」
「ああ……大事なフェスの初っ端になにしてんだって感じでしたね(ドン引き)」
「びっくりですよね! そらなにしとんだら!?ってなりますよー!! てか実在した!!」

聞き慣れたイントネーション。GwHを知っているのか、といった疑問に先立って、五十鈴はふと何気なく尋ねた。

「中部のほうからですか」
「名古屋すよ! もしかして……」
「おれらは岐阜です。音楽活動は名古屋で、まだ全然なんですk」
「名古屋っ! っで音楽やっってんすか!? すっごいすね!! おれら!? バンドすか!?」
「ちょ、あの、ぜんぜん大したことないんで、声抑えて」

そのまま連れを紹介するという流れになり、五十鈴はさらに、早川翠と東正太に出逢った。
先ほどのGwHを彷彿とさせる衣装の女性と、一見穏やかそうななんの変哲もない紳士。逆に怖い。

やべえんじゃねえかこのひとら。
無論、口にも表情にも出さない。

「初めまして」
「初めまして。よろしくお願いします」
「こちらスイさん! あずまさん! 自分ら3人で来てますけどもう1人? てかもう1家族? ゴーヒュ仲間が居てー」

おいおいやべえよ。しーちゃん助けて。
得体の知れない音楽集団の、得体の知れないファンたちに囲まれた。五十鈴は泣きたくなる。

「その今日来れなかったひとがドラマーで、スイさんキーボード出来て、あずまさんサックス出来て、みんなめちゃうまで、音楽やりたいねーーって集まったんすけど」

ドラムス、キーボード、サックス……
それらの単語に鷺山五十鈴の思考は鈍る。いや、一瞬だけ加速する。

「自分ら、集まるといっつもただの飲み会になるんすよねー! 曲とかも作れんくて!」
「……ちなみに、えーと」
「あ!小西です! 自分は、
なんっっも楽器できません!!!!」
「あ、はい……(名前を聞きたかっただけなのに)……鷺山五十鈴です。兄が一緒に来てます」

やる気はあります!となぜか親指をたて胸を張る小西をスルーして、五十鈴は、兄を連れてくるべきか迷った。たしか具合悪そうにその辺で休んでいたはずだ。

「えっえっご兄弟で音楽ってどんなっすか!?」
「まあ、コニーさあ、そんな迫らんでも。すこし落ち着きゃーよ」
「いや……大丈夫ですよ。いちおう、兄がギターボーカル、おれがベースとコーラスでやってます」
「凄いじゃありませんか。僕もさしつかえなければお会いしてみたく」

ネオンブルーの髪のひとが意外に(!)まともに興奮する小西をなだめてはくれたが、ぜひとも会いたいという意見は満場一致のようであった。

「ほんなら、あとで────」

〈/REMINISCENCE〉

なるほど、理解した。

「ほんでおれもあの場に呼ばれたんか」
「うん。でもしーちゃんは昨日の感じで居ってくれたらえーから。おれが勝手に約束してまったんやし」
「なら、いい」

それなら、いい。
ぼくはなんとなく押しころしていた息を吐いた。白く生温かい息。
弟がなにをしようと反対も邪魔もしない。だけど、今日は「音楽のために」来たと思っていたから。遠征中に弟が知らない誰かとこうやってオフで会おうと言い出すことは、特にぼくが一緒に居るときは、今まで絶対になかったから。
驚いたけど、それならいい。おまえの直感を信じる。

「掃除をお願いします」の札を表にし、部屋の鍵をフロントに預けた。もうこのままここには戻らずフェスに行くんだろうな、とぼんやり思った。

集合は忠犬ハチ公像前。
例のひとたちも、さすがに厚着してやって来た。明るいところで会うと、ますます普段ぼくが関わることのなさそうなひとたちだ。
ぼくは縮こまって、しんがりをぽつぽつ歩く。五十鈴は、もうすっかり3人組のなかに馴染んでいる。昔から器用なやつ。
ただただ、前方で繰り広げられる会話を聴くともなく耳にする。

「ちなみに小西さんたち、もう周辺いろいろ見ました?」
「いや、どっか立ち寄る余裕はなくてなんとなくお散歩しながら来ただけっす!」
「みんな寝坊したからね」
「あはは、おれらと同じっすね」

寝坊したのはお前だけやが。

2人のリクエストでセンター街と井の頭通りをうろうろしながら来たっす。QUATTRO前までご案内しました、行ったことないっていうんで」
「え、じゃあけっこう、周辺くまなく歩いた感じじゃないですか」
「名古屋のQUATTROしか知らんかったでねー。ここが渋谷系のホームグラウンドかあ〜って。いろんなハコで年越しライブやっとるね」
「案内してくださりありがとうございました、コニーさん。僕もオアシスやニルヴァーナに思いを馳せました。コニーさんは精力的に全国のライブやツアーに駆けつけているんですねえ」
「でもお金ないんで、言うほどでもないんすよ……」
「ずっと散歩してたら3人とも冷えたんじゃないですか?」
「そーね、どっか入りたい。椿屋って喫茶店どっかで見かけんかった? いかにも大正浪漫てかんじで私ら好みの」
「……四重奏?」
「それ言いたいだけやん。でも良いっすねー、レトロな喫茶店」

あれこれと指差しながら先頭を歩く緑髪のひとは、まさしくティーンエイジャー(……じゃないのだろうか)。

「チェーン店とかは営業してますね!あ、ほら、あのビルん中にダーツバーあるんすよ!オトナって感じっすよね〜!」
「あれ、手前のサーティーワン見てたんじゃないんや(笑)」
「う、どーせ自分はダーツバーなんてまだまだ不釣り合いですよう」
「とりあえずアルブレヒトの方目指していきますか」

文化村通りの交差点をスペイン坂方面に渡る。ここをまっすぐ行けば渋谷アルブレヒト。昨日不思議な体験をした場所。
紳士っぽいひとがあごひげを撫でながらキョロキョロしていた。

昨日はフェスに直行して街歩きできませんでしたから楽しいです。しかしびっくりですねー。僕が渋谷を訪れたのなんて……修学旅行の引率以来でしょうか。こうやって新しいお店が増えてきたんですねえ」
「公園通りの、カフェ・アプレミディ? あそこが最近(※00年代半ば)のカフェブームの先駆けみたいですよ。音楽とコーヒーを一緒に楽しめる喫茶店みたいな」
「あー良いですね〜。きっと落ち着いて散策したら隠れ家的な喫茶店もありそうです」
「ねー、さすが渋谷。お洒落なお店も多い」
「けど……」
「……さむ……」

フェス前にこんなに活動する3人はすごいエネルギーだと思うが、ぼくは元々モチベーションが低いのもあって、これ以上動きたくない。寒い。
ノープランで外を歩くからこうなる。
ここは渋谷センター街十字路。井の頭通りの横断歩道を渡ればスペイン坂……
結果。

「ちょうどいいところにマック神!」
「結局マックか〜安定のマックとも言えるけど」
「確かに、せっかくなら渋谷の気になるお店に寄りたかったですが、年明けのお楽しみにしましょうかねー」
「マジで引率の先生じゃんね東さん」
「窓際眺め良いなー。こうして通りを見下ろすと思ったより閑静というか、夜になったら人増えるんでしょうね」
「カウントダウンか〜!そらーあちこちでお祭り騒ぎでしょ! 年越しそばならぬ年越しマックっすけど」
「まあ、落ち着いた茶店で駄弁り始めると閉店まで気付かんし、ここならアルブレヒト近いから遅刻はなさそう」
「笑いじゃ済みませんけどねそれ! あっ五十鈴さんのお兄さん、そんだけで足ります?」
「…………はあ」

各自注文した好みのバーガー、ポテトやナゲット、それにドリンクなどがテーブルに並ぶ。五十鈴は良い食いっぷりである(節約生活はすでに絶望的だ)。自分は初対面の人間との会食ではなにも喉を通らない。
ほとんどの人間はホットコーヒーを飲み、嗅ぎ慣れた香りが漂うなか、「小西さん」はバニラシェイク(S)とホットパイを交互に口にしていた。ウサギかリスみたいだ。

雑談に一区切りつけ、腰を落ち着けて話すのは、やはり昨日のフェスに関して。というか、ぼくにはそれ以外ない。両手を拳にして膝の上に置き、固くなって座っている状態だ。

「ではようやく本題! まずはゴーヒュの話ですけどー!“祝宴”マジ祝宴」
「えーてそれはもう。お宿でさんざん語ってきたがん」
「……まあ、まったく知らなかったおれらからしたら、ただびっくりしたなと……」
「観測者の存在すなわちGwH実在!それに尽きますかね! はいじゃあ次、ディスアスことTHIS EARTH IS DESTROYED!! あれも激ヤバでした!!」
「あれって? “昨日の唄”?」
「曲名覚えてないすけどザァーーーッ!!!って土砂降りかテレビの砂嵐のグワングワンに歪んだ悪夢みたいなやつ!」

大いに同感だったので、うんうん、と声には出さず、ごく小さくうなずいておく。小西さんがすかさずこっちを見て、にぱっと笑った。気付くんかよ、今の。

イメージしたのはマイブラとか90年代のプライマルスクリームとかでした」
「シューゲイザーかつドリームポップ? ボーカルだけ溶けそうに甘くて幻想的やったわ」
「地球滅んだなあって絶望しながら天使の歌声幻聴した感じ」
「“だれもいない国”ほんと好き」

あー。聴く人間によってイメージが違うのが面白い。プライマルスクリームは知ってる。TEIDみたいな音楽もあるんなら、ドリームポップももっと聴いてみようと思った。勝手に、良い夢が見れそうな音楽ばかりかと思っていた。悪夢が見たい。

「僕は自分で弾くギターといえばアコギの頭なのですが、何をどういじっているんでしょうか。あれでハウリングも起こらないなんて」
「えっと、現場の状況もありますけどエレキは基本ピックアップとかアンプの設定をうまいことやって……というか東さん、なんでその感じでGwHのファンなんです?」
「僕はネットでたまたま見かけて。クラウドさんの身体表現が好きですね。ふだんはわりあいメジャーな音楽を聴きますよ。いまは送迎ドライバーでして、いろんな世代(※00年代生まれ含む)のひとと音楽の話をして、車中でその曲をかけて喜ぶ顔を見るっていうのが趣味なんです。」
「つまりディグってたら偶然? あんなに調べたのに……」

「東さん」の語り口は、あれだ。信頼できる教師のそれだ。でもまだ、人間なんてわからない。なぜ気を許しかけているんだろう。好きな音楽の話をしているから?

それを言うならディスアスの情報も事前にあんまり分かんなくなかったすかー? ミステリアスで良かったすけど!」
「スイさん、できれば正体をつきとめたいと言ってましたね」

アーティストの個人情報を知りたいタイプのひとか。両手で耳をふさぐわけにもいかない。せめて見たくないものを見てしまうのは避けようと、ぼくは下を向いた。
ガ ラ パ ゴ ス ケ ー タ イ を ぱ か っ と 開 く 独特の音がする。

「うん、でもほんとシューゲイズ系の音楽ブロガーがそっと話題にしてるくらいで……個人がレンタルサーバーで運営してるBBSに変な過去スレ立ってたのは見たよ、『【明日未は】兄されかけて逃げ延びた奴ちょっとこい【やらん】』とかいう……釣りか身内ネタかな」
「なんか情報ありました?」
「何も。滅んだ地球みたいにおそろしく過疎ってた。AAのお墓が建ってただけだし、見た瞬間電源落ちたし。PC再起動してもう一回アドレス検索したけど掲示板ごと丸々消えてたわ」
「一瞬見ただけのURL暗記したんすか? 素直に引く」
「確かに音源には兄というクレジットがありましたね。……“兄され”……?」
「明らかにディスアスこじらせたひとのスレタイっすよね。“ちょっとこい”の語気に怖気が…!背中が寒いっす」
「シェイク飲んどるでだわ。普通の人間が匿名の投稿者に何かできるわけないし、100パーネタだよ。あと調べてる最中に変な画面に切り替わったりはした。これも関係はないかな」
「え〜その画像も無いんすか?」
「保存したけどフォルダから消えたー。前(※90年代)からよく見るような、特に意味ないやつだったかな、“やあ!”とか“なにか?(笑)”みたいな。実害も隠しデータもなかったで、まあいいや。アレに比べたら可愛いイタズラだわ……」
「アレ?」

「スイさん」はふうと溜め息をつき、ガ ラ パ ゴ ス ケ ー タ イ を ぱ た ん と 開 じ た。
そしてなぜか周囲を気にする素振りをし、急に声をひそめた。

〈OPAQUE〉
「……ここだけの話、GwHの身元は探ろうとしたら〈EVY〉(イヴィ)にハックされるでね、気をつけて」
「はあ……?」
「Forget Number 8910攻撃。攻撃者の防壁が現在(※201X年)標準化されてる暗号プロトコルと違って正体が分からんから、事象やシステム総体を仮想攻撃者〈EVY〉って呼ぶ。盗聴も侵入も追跡も偽装も改竄もなんでもする。ゴーヒュの“秘密”に言及した情報発信者と、共有者、閲覧者がターゲット。改竄された“ひと”の端末からは、保存したGwHの情報全てが消えて、GwHに関する発信もできず、GwHの居ないWorld Wide Webにしか接続できない……」
「というウワサっすよねー!都市伝説!」
「急になんすか……?」
「……(犯罪やん……)」
「ファンの間でまことしやかに囁かれてるんだけど、GwHの音楽自体、他人に広めようとしても共有や視聴に失敗するパターンが多いのよね。急にネットワークが切れたり、DLしてる楽曲も相手にだけ聴こえなかったりして。私が思うに、ゴーヒュは聴き手を選択できる。それがたぶん“秘密”?」
〈/OPAQUE〉

「「はあ……??(頭がおかしいのか?)」」
「でも、それだと今回みたいなフェスの説明がつかないんすよね〜
「そこなのよ。……鷺山さんたち、頼むで今言ったことネットのどこにもあげんといてね。オニオン・ネットワークにも奴は居るから」
「わはは、でたスイさんのいつもの。痕跡も残さずネットワークから消されるならスイさんはいつどこでそれ知ったんすかー。その時点で例の、イブ? にやられてなきゃおかしいっすよ?」
「コニーが教えてくれたんやん……こっちがどこで知ったんか訊きたいわ。何度目よこの会話。
そういうわけだもんで、とにかくよろしく」
「……(真剣な形相だ……)」
「いや、よろしくも何も、いま聞いたことぜんぶ意味不明なんですが──」
「やあ、戻りました。皆さんどうしました? 神妙な顔して」

いつのまにか姿を消していた東さんが「皆さんもお手洗い、行っておいたほうがよろしいですよ〜」とのんびり言った。「東さんはいつもナイスタイミング」とスイさんは意味深に笑う。

「じゃ、私も行っとこっかな」
「自分も〜〜お腹冷えた!シェイク&ホットパイ作戦失敗」
「おばか」

……やっぱりこのひとたちやばくない?
やべえかもしんねえ。
ぼくら兄弟は目を合わせて無言の会話をした。全員揃ってから、それとなく五十鈴が尋ねる。

「……えっと、さっきみたいな話がでてくるスイさんって何者です?」
「ただの薬剤師だけど」
「アングラ事情に詳しいスミ入ってるただの薬剤師」
「黙っとき。で、話戻すけど私的にはもっと情報なかったLaruscanusがいちばんの清涼剤だった」

それには一同頷く。なぜかフロントマンがクラウドTシャツを着ていたことで話題が横道に逸れたが、スイさんが冷静に軌道修正した。ついさっき思いっきり話を逸らした張本人が。

ゴーヒュが何とか、スミ入ってるとかいう情報は真偽不明だしぼくには必要ない。思考から追い出す。余計な考えごとで頭のなかがぐちゃぐちゃになるのは苦手だ。
ぼくらも、交互に手洗いへ行き、頭の中を整理した。長くなりそうだから、あとでちゃんと記録をつけるために簡単に端末のメモ帳に書きつける。

感想会は雑談を挟みながら何事もなかったかのように続く。

「とにかく言いたいのは、ディスアスからのラルスっていう別ベクトルのシューゲイズが、一回地の底に叩きつけられて持ち上がる浮遊感で最高に良かったってこと」
「ですねえ。今フェスにおける初めての恋愛をテーマに含んだ楽曲群にもかかわらず、スーッと耳に馴染みました。いい声でしたねー、僕は“パレード”が好みです」
このフェスの面子で変に浮かないのはラルスのギタリストがやばいんすよ。あの間奏なんなんだって……帽子かむってずっと下向いてたもんで、一見目立たんだけで、あの技巧はやばいって志樹香とも話しました」
「シューゲイズの申し子なのかもしれん」
「そういやああいう特殊なドラムスとか、カンザキ家は見たかっただろうなー。たいこ大好きだもんね」
「ジュンちゃん練習パッドでもう基礎練してるらしいですよ。将来なに演るんだろ、ポストロックかな〜シューゲイザーかな〜」
「若い子のシューゲイザーときくと、じつは僕はマイナスなイメージを持っていました。落ち込んどるんかなとか、心配な性分で……不思議とディスアスも、ラルスも、そういうのは感じませんでしたね」
「教師の勘ですか。“そういうの”って、自暴自棄とか精神的に不安定とか?」
「そんなたいそうな。ステージでの怯えがないなと受け取ったに過ぎません。実情は分かりませんからなんとも」

……いや、このひとたちがやばいわけじゃないかも。そもそもこのフェスがやばいんだった。聴き手をどこか別世界にいざなうようなバンドばかりだ。
コーヒーをちびちび啜りながら観察する。いつのまにか冷や汗や動悸は消えていた。安心すると、すこし食欲が復帰してくる。

「そっからの環よ」
めちゃ良くないですか。おれも志樹香も大好きなんですけど」
「ああ、なんかねえ、香ったねえ。あのギタボ本当にお坊さんかもよ」
「お坊さんでしょ!どうしてそれについては確信ないんすか。自分はアツく踊れてよかったす!!」
「音源でも“Edgeworth-Kuiper Belt”いちばん好きです……宇宙が見える」
「私はお花のMC謎すぎて笑っちゃった」
「お土産に頂いていいとか。粋なはからいでしたね」
「あ、志樹香さん?ってそういえばどんな音楽すきなんすか?」

環も好き、というワードから気になったのか、小西さんがぼくを直視する。大きな目がこっちを見て、思わずうつむいてしまった。

「……、…………」
「んーと……基本はロックみたいっすよ。THE BACK HORNとか。おれら自身がこんな感じでやってるんで環みたいなバンドについ目が行くんですけど、さっき話題になったディスアスもかなり良かったって」
「へー、志樹香さんと私ら音楽の趣味合うかも」

五十鈴が助け舟を出してくれるのはいつものこと。でも、その続きの会話のなかにぼくがいる。はじかれてない。ちゃんとぼくを見て話してくれる。
このひとら、言ってることは時々おかしいが、意外に“ふつう”だ。嫌じゃない。

「この勢いで後半戦いこまい! COUP DE FOUDRE、クドフー!」
「クドフーはみんなでラウンジで聴きましたね〜」
「いやー飯と酒が進むバンドだった。でもロックの遺伝子を感じたよね」
「コーラスだけの曲とか面白かったすね! 詞で多くを語らないって感じでした!」
「ん? コニーちょっと寝とったやん」
「寝とらん寝とらんて、何言っとんだら!」

五十鈴がだしぬけにふっと噴き出した。こいつが素直に笑うってなかなかない。

「さっきから、ほんと雑な感想会じゃないすか」
「まあ読書感想文じゃないですから」
「たしかにクドフー、寝る前とかに聴くの良いかも。ヒーリングじゃ物足りなくて完全に歌ものでもない気分のとき」
「めっっちゃ分かる。でもおれはベースが聴こえる限り眠れない因果の人間なんで……橘さんの安定感、実際観るとすげーなって」
「ベース複数お持ちなんですかね? 記事など見ているかぎりでは」
「おれもそう思ってるんですよねー。アレンジでどう使い分けるのかとか知りたい。あと、あのMCがまた良かった。風来坊ぽくておれは好きです」
「風来坊って。なんか“謎多きひと”率高いっすよ、このフェス……あー、NO EXISTSってもしかしてそういうコンセプトか、神出鬼没のひと集合みたいな」
「かもね? で、みんな大好きG.U.L.

その場がなごやかな笑いで満ちる。ぼくもすこし、笑った、と思う。自然に。ああ、でもあの時のことは酒が入ってよく覚えてない。とにかく楽しかったことだけ。

「みんな大好きじーゆーえる!ヤアヤアワレコソハ!」
「やめときゃあよ? 一生懸命喋ってくれたんやからね」
「馬鹿にはしてないっす!音楽とのギャップが良かったんす!!」
「たしかにメンバーそれぞれ第一印象とのギャップがすごかった。ステージで化けるってああいうことか……本物のモンスターバンド」
「演奏はプログレッシブ・ロックの認識で良いのでしょうか」
「改めて調べたけど、本国でも曲や詞の解釈は難解かつ人それぞれみたい」
「でも盛り上がってめちゃんこ良かったっす〜! 今度は自分がロアンさんとこの言葉勉強してツアー行きたい!!」
「そしたらコニーがカタコト喋る番だね」

こんな癖が強くて、まったく別々の音楽好き同士が、癖の強いバンドの話をしていて、言い合いにならないのが不思議だった。そりゃ初対面で喧嘩売ってくるような奴は論外、けど、あまりにも、なんていうか、波長が。このひとたちに昨日会ったばかりとは思えなくなっていた。

「物販でようやく買えたG.U.L.の3rd聴いた、良かった……」
「スイさんがそこまで浸るなら間違いないっすね、G.U.L.はいつかグラミー賞っすよ」
「え〜そそれでは、いいよいよSIGNALREDSですががが」
「五十鈴さんちょっと様子がおかしいすけど、大丈夫すか?」
「ダイジョウブ、イノウエサンノベースカッコヨカッタデス。ワガジンセイニクイナシ」

五十鈴が大丈夫じゃなくなってる。生唾を飲み込む。勇気を出して、ぼくは壊れた機械みたいになってる弟を指差し、一言発する。

「……大ファンで」
「なーる。シグナルはメンバーそれぞれに固定ファンがおるってことね。歳のわりに若見えって思ったけど、若さを保つのも人気の秘訣?」

歳? そういえばたしか、ぼくも昨日同じことを考えた気がする。なんだったっけ。

「ちょっと自分、スイさんがなんて言ったのかよくわかんなかったっす。あのひとたちメジャーデビュー し た ば っ か り すよ?」
「私変なこと言った?」
「……ん?いやスイさんは正しい?! 自分いまなんて言いました?! 頭こんがらがってきました」
「いや、おれらもなんですよ。なんか頭に引っかかってるんですけど、それがなにかわかんないです」

五十鈴が状態異常から回復した。東さんがさながら名探偵みたいに人差し指をたてて額にあてる。

「ちょっと冷静になってみんなで考えてみましょうか……? そもそもディスアスや環も、」
「あ、これだ。またこの画像」
「なんです?」

ピアニストらしい指先の動きで ス マ ホ をタップ、スワイプしていたスイさんが画面を見せてくる。

https://privatter.net/i/6665504

──〈おいおい、キミたち! 野暮なお喋りはその辺にして、お祭りの時間はもうすぐだぜ(笑)

「…………なに?」
「画面真っ白でなにも見えないですよ」
「え?ウソ」
「ていうか、誰かいま笑いました?」
「そうだら、時間は? まだ大丈夫?」
「16時開場でしょ。まだあと少し話せるよ」

いくら頭をひねっても話が進まないので、肝心のライブの内容へと話題は切り替わっていく。

「小澤さんの声が良いのは本当にそう。あれでファッションも演奏もスタイリッシュなんだで? そりゃー憧れるよね」
「何しとっても格好よくて様になるんだらー。ずるいっすよー」
「一方、パーカッションに注目すると、日本的なウケの良いメロディの他にも、他民族の伝統楽器を効果的に使ってるんです。かなり研究されていますよねえ」
「詞の面でも海外文芸が取り入れられて、モチーフによく現れてるよねー」
「やべえ、自分、知性教養のある会話にはついてけねーっす」
「でも最終的にシグナルは?」
「でれかっけえ!!!」
「(笑) うちのカンザキさんもやっぱ引っ張ってくるべきだったかなー。どのバンドのドラムスもかなり参考になったやろーに」
「年末年始は博多にいらっしゃるんでしょう。さすがにこちらに来るわけには」
「子育てしながらドラムス一筋でやっとるんだで、すごいわ。コニーも、いつか何か楽器極めたいんやっけ?」
「あ……う〜〜……」

今まで賑やかにはしゃぎ散らかしていた小西さんが、ふと押し黙った。珍しく(ほかの2人も意外そうな顔をしているから、たぶん珍しいんだろう)むにゅむにゅと口籠もって、手元でストローの空袋を弄っている。

「自分はー……やる気だけはあって、音楽聴いたり話したりも大好きなんすけど、ちょっと訳ありで、踏ん切りつかないってゆーか、もう20歳だらー、決めるならはよ決めりん、って自分でも焦ってるんすけど……」

スイさんが小西さんの背中をぽんと叩く。

「まあ、焦ることないで、好きなことなんでもやってみゃあ。コニーなら何でも楽しめるでさ」
「そうですよ。年齢も、プロもアマも、メジャーもインディーズも関係ありません。挑戦心や楽しむ心がなにより大切ですよ。コニーさんはどちらもお持ちじゃないですか」
「そっすかね……? そんなら良かったっす!!」

2人に微笑まれると、不安げな若者の顔はパッと消えて、あっという間に明るい小西さんに戻った。いま、20歳だと言っていた。そうか、小西さんにも、いろいろ悩みがあるのか。そんなことを思ってしまった非礼を、心のなかで詫びた。
ぼく自身の姿が、五十鈴の姿が、鏡みたいにさっきの小西さんと重なった気がした。
それが、今おもえば初めての本当の共感。

「あと少しなら大丈夫とか言ったの誰」
「スイさんでしょ! 今日のセトリ予想とかし始めるから〜」
「それは話に乗っかったみんな同罪ですね」

案の定、開場時刻がギリギリに迫り、全員慌てて席を立ち、ハコへ向かう。

もしかしたら自分の知らないゴーヒュ枠があるかと思うと気が気じゃない」
「ゴーヒュ枠って? 意味不枠ってことですか。ヤバい都市伝説がつきまとう集団と他のバンドを一緒にしないでもらえますか」
「五十鈴さんけっこう容赦なくもの言うよね。だでゴーヒュ受信できんのだわ」
「2人とも急にどうしたんすか? 仲良きことは美しきかなみたいな雰囲気じゃなかったすか!?」
「コニーさんあれはね、大丈夫、じゃれあってるんですよ」
猛禽と猛獣の目したひとたちがじゃれてるのは危険じゃないすか?

坂を登るので息が切れる。東さんの手をとり歩く小西さんはまるで祖父をいたわる孫みたいだ

「フェス終わったらまた集まりましょ! あと自分のことは気軽にコニーって呼んでください!」
「私のことも呼び捨てでえーで。つぎは初詣して喫茶店でお喋りやね」
「楽しみにしています。でもまず今夜のフェスを、みんなで思い切り盛り上げましょうね」
「よいお年をっ!」

同じ建物へ入るが、整番の関係上3人とはここで別れる。

「たのしかったな」

五十鈴が笑っていた。
しーちゃんは? と訊かれる。

「たのしい。たのしみ」

現在進行形。楽しいは続いている。楽しかったを言うのはまだ早い。
そっか、と五十鈴はつぶやいた。

「なら良かった。行こか」

ぼくたちはここに居て、なにかを見つけたかもしれない。

〈NO EXISTS:NOW HERE〉

〈TO BE CONTINUED〉

〈/BODY〉
〈MTML〉

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