③2日目前半 ニュートラ〜GreatPainter

執筆期間 22.4.3-22.5.20(加筆修正 22.9.11)

 

Side.ISUZU

──「昨日の歌」があったから今日がある。今日がまばゆく彩られている。

 

【Day2.開演前】

目が覚めると昼前だった。着替えたり食事を摂ったり、そうこうするうちあっという間に2日目の開始時間が迫る。

ニュースによれば、八王子あたりでは雪が降っているらしい。たしかにすごく冷え込んでいる。

昼下がりに、昨日出会ったひとらと共に街をぶらつきながら、また昨日と同じ場所に来た。すると、ものすごいリアリティで昨夜のことが思い出される。脳に収録された音楽が、そのまま再生されるみたいに。
すごいな、と言った。こんな刺激的なフェスだったなんて、今日も来られるなんて、そういう意味で。兄貴はうっすら笑っていた。そういうガキを見るような目をやめろ。十三離れてたってもうお互い大人だ。
でも悔しいけど、今のおれはこどもに違いなかった。大好きな音楽にはしゃぐこども。

渋谷アルブレヒトは最高のライブハウスだ。
どこにも視界を遮る柱がない。その上、ラウンジにはモニタが設置されていて、フロアから離れてもステージを鑑賞することができる。ここにも遮蔽物はない。
これは昨日すでに把握したことである。なによりこのハコがすごいのは、昨日のように多彩な音楽性を有するバンドが一堂に会しても、かれらの世界を一切損なわない設備や演出の充実度、完成度だった。
企画、運営、舞台、照明、機材、物販、スケジュール調整、この2日間のために用意された宣材、関わったひとの数……もちろん今この瞬間も見えないところで走り回っているだろう現場のスタッフたちも、このフェスのために、ミュージシャンを支えるために、観客を歓喜させるために、心血を注いでくれているはずだ。

 

【ニュートランクライン】

たくさんのひとのおかげでライブは成り立っている。その労力と観客の期待に全力で応えてくれるアーティストたちも格好良い。
ニュートランクラインも、そうしたバンドの一組だった。

「乗り遅れんなよシブヤアルブレヒトォ!!!!!」

発車時間を報せるようなどえらいアラーム音が鳴り響く。ビリビリとした爆音と爆声があっという間におれたちを暴走の旅に連れ去った。いそいで飛び乗ったけどこの電車渋谷発どこ行きですか。このときは、まさか宇宙まで運ばれることになるとは思わない。

かれらを知ったのは、栄で手に取ったFLYING POSTMANに掲載されていたツアー情報。記事も大きく取り上げられていて、「メンバーのごった煮のルーツがポップセンスと遊び心を経由し、まばゆい男女混声トリプルヴォーカルとシンセサウンドで放たれる」という音楽性に興味を持った。これは当時の記事からのまんま引用だ。
なんとかチケットを手に入れて(案の定遅番だったが)遠目に生演奏を聴いたし、観た。あのときは、音楽性とか整番とかいろんな意味で正直すごく遠かった。今はくっきり彼らが見える。

それで、しょうこりなしに同じことを思う。

……ジャズベ良いな〜〜〜!!
めちゃくちゃ良いな。えっ良くね? 知ってたけど。浮気性、わかってる、正直ベースなら何でも愛せる。おれのBB5000が今ごろさめざめと泣いているだろう。プレベから逃げるな? この記録は兄貴の目に入るだろうから、隠しもしない代わりに浮気はしませんとだけ記しておく。おれだってあんなふうに弾きてえんだよ!

知ってるバンドのライブでうれしいのは、その集団のリアルタイムが、変化の続きであることを楽しめるところだ。
相変わらず勢いがいい縦横無尽なポップネス、はばかりながらも同じバンドマンとしてはいろいろ吸収したいわけだが、どれかひとつのパートに集中することはなかなかできない。それでも、さすが、各々の魅せ場も自然な流れでちゃんと作っている。
よっぽどリーダーがしっかりまとめているか、作曲者のバランス感覚が優れているんだと思う。この感じだと、今回も誰かひとりが作曲しているわけじゃなさそうだ。

「俺ら普段もりおかで演ってて トウキョウにはたまに来るんだけどー
この中に いわてから来たよ〜って人…どのくらい居る??」

居るみたいだ。すげえ。列島は、世界は繋がっている。岐阜くんだりから来てるおれらが言えたこっちゃないが、岩手は遠い。
だけど、たとえばおれたちふたりで、愛着のある地元のバンドが岩手のフェスに出るってなったら、やっぱりそれは、行くよなあ。うん、行くわ。距離とか関係ないわ。たぶん18きっぷで夜行列車乗って。なんならレンタカー走らせてでもいくよ。いつもバイクばっかりだけど。
ニュートラの引力だったら、ついていきたいファンは絶対多いだろう。

メンバーはよく動くひとが多い。
特にシンセボーカルが元気いっぱいにフロアに向かってまくしたてる。よくあんなに舌が回るな、と思うと同時に、あのアプローチは──
思い出した。あれだ、イルリメっぽい。ソロユニットのほう。ダンス天国って感じだ。ヒップホップやアヴァンギャルドには詳しくないけれど、いつだったか名古屋で活動していたらしくて、スケボやらラップやらで路上をカオスにしてる多趣味な友達に勧められた。
またそれとは別に、ニュートラの1st『Dep.』もタワレコで試聴したことがある。あの聴き心地が似ている。ああ、なんで記憶が繋がらなかったんだろ。

当然のことながらミュージシャン同士は別人なわけで、そこは切り離して聴く。やんちゃなシンセボーカルはミクスチャーポップバンドの良いアクセントになっていて、あのひとがフリースタイルで煽りたおしながら、ギタボとベスボの歌声が耳に心地好く重なる感じだ。音の遊びが心地良い。

「うち 正ドラマーが今いなくて きょうは弟連れてきたんだけど」

ああ彼らは兄弟なんだ、と腑に落ちる。
ドラムは叩いたことがないけれど、ギターやベース以上にフィジカルがものを言うんじゃないだろうか。全然りきんだ感じもなく楽しそうに打っていた。ひとつひとつのサウンドが不思議に力強い。パワー系のドラムスとはそういうものなのかもしれない。別々のジャンルが絶妙にマッチしている。

「イケメンでしょ めっちゃそっくりって言われるんだけど
俺はイケメンって言われたことない!!!」

なにか謎の雄叫びをあげ、謎の拍手や歓声や口笛やらが巻き起こり、また曲が始まる。客席はもう完全に呑まれている。
シンセと合いの手とツインギター・ツインボーカルで螺旋階段を一気に駆け上がるメロディ。フェスの一番手にふさわしい。うん、フェスの始まりってこういうのだ。

おれに言わせれば「GwHはなんやったん」の一言だが、あのファンのひとたちが聞いたらまあ怒るだろう、熱く語っていたし。もちろん言わない。変な逸話も耳にしたが、あれはあれで面白かった。世界観を作る意味では有りだ。GwHが居たおかげであの変わり者たちに会えたとも言える。
だけど、フェスの始まりで言えばおれは断然ニュートラ派だった。

音に合わせて身体が自然に動いていた。はじめは足先でリズムをとる程度だったのに。生音の良さを実感させてくれる。
タメたりブレイクしたり気持ちいいゆらぎが全体の流れを作って本当に乗りやすい。飛んだり跳ねたり、きっと踊りたいひとの誰もが楽しめる。

兄貴もツインギターを観るのに忙しかっただろう。そうしながら踊れるほどこいつは器用じゃない。バーを掴んで、身を固くして、格好良い新幹線が遠くで通過するのを夢中で観るこどもみたいな顔してたんだろう。でも兄の様子をみる余裕は自分にもなかった。
たしか大人っぽくみえるほうのギタリストがギブソンプレイヤーだから、どちらかと言うとそっちを見ていそうだった。どうせ兄貴もレスポール良いな〜とか自機カスタムしたいな〜とか思っとるんやろ。おまえも自分のエレマチに殴たれてしまえ。
ギタボのひとも負けず劣らず元気だ。兄貴はこういうギタリストを見るとコンプレックスを感じるかもしれないけど、おまえはそれで良いんだよ、とでも言っておく。

とにかくステージングが最高だった。

「ありがとうございましたーーー!!!
またトウキョウ来るからな!!! 」

ギタボが大きく手を振る。おれたちも応える。終わってしまった。最初から火力最大だった。新曲も聴けてよかった。いつか名古屋にも来てくれたら嬉しい……いろんな思いが渦巻く。

転換中、ニュートランクラインに関連して、兄以外のひとと話をする機会を得た。偶然の出会いから既に旧知のようにつるんでいる小西さん。によれば、下北沢のインディーズレーベル HIGHLINE RECORDS に近い遺伝子を感じたらしい(「直感っす!」)。
と言ってもいろんなレーベルメイトが居るだろう(「そっすね〜ハイラインだと自分が好きなのはBaconとかテルスターとかぁ〜」)。
永遠に話が終わりそうにないので切り上げた。後で話そう、後で。他のバンドの話はいまはいいから。

聞けば、小西さん(コニーって呼べとうるさい)はノイズポップ嗜好だがパワーポップ系の音楽も大好物だという。まあそんな気もした。名古屋はもちろん東京や大阪といった他都市のライブやレコードショップへも足繁く通っているそうだ。お金を貯めたら海外のライブだって行きたいとか。でもあのひと、貯金できるタイプには見えない。給料が入ったらすぐそれが円盤に変わってそうだ。
ともかく、いろんな音がたくさん混じって賑やかで楽しい と大興奮で語っていた。

たくさんで楽しい。
それを昨日から考えてた。ギターとベースとふたつの声だけ、それが間違いだとか、不足だとは決して思わない。むしろそこに着地したらいい、堂々と。
だけど、今のおれたちの場合、で考えたら どうしても衝突したり行き詰まったりするのは、やっぱり なにかが足りないから?
出逢うべきものに出逢ってないような。……気付いていないような。

ニュートランクライン。もう一度、あの質量に任せた疾走に思いを馳せる。
何もかも忘れさせてかっさらって駆け抜けて、笑っていた。ゴールテープなんかぶっちぎって、どこまでも遠くにいけそうなほど。

 

【真如】

若者たち(おれと同世代っぽかったが兄からすれば若い)のパワフルさにボッコボコにされ、また兄貴が音を上げた。既視感。

まだ今夜は始まったばかりだから大丈夫、とフロアに残り、次なるミュージシャンの登場を待つ。
兄貴が深呼吸を繰り返している。よく見ればそんなふうに息を整えているような人はたくさん居る。自分もそうだったことに気付く。

大丈夫。というのも、下調べの段階では、少なくとも次のソロミュージシャンは、ハードでダークな救済とともに兄貴の魂をぶちのめすTEIDタイプではないらしい、ということ「だけ」は分かっていたからだ。

勤務先のオーナーに頼って存在を知った原典的音源『さとび』も、結局事前入手は叶わず、今回ほぼ初めて耳にすることになる。

怖がるなよ、と己のなかのじぶんが言う。
なんだかおれはいつも怖がっている。兄貴と違って、ズルいから。
あー。余計なこと考えてるな。集中しないと。

「うふふ 理解しようとしないで うん よそ見とかしてても問題ないからね〜」

集中、しなくていいらしい。

その人は、ゆったりとしたシルエットなので遠目には一瞬だけ女性かと思われた。が、声はしっかり低い、男声だ、いや思ったよりかなり低い。ニュートラで上がりに上がった分、第一印象は穏やかともいえそうだった。
だけど得体の知れない、掴みどころのないこの感じはなんだろうか。語りにも独特の間がある。不穏とさえ思う。おれが今そう感じているんだな、というのが自分自身よく分かる。

見慣れない楽器もある。いろいろと並べている。横倒しにして弾くのって琴とかだけかと思っていたし、こういうジャンルの音楽の何でもあり感が新鮮だった。視界に鮮やかな緑色が繁茂してゆく。

聴いていると、ひとくくりの決まった“ことば”をそれぞれ違う組み合わせにしていることに気付いた。見当違いかもしれないが、五七五とか、その道の心得があるのかもしれない。俳句だっけ、川柳だっけ。
たんじゅんに和製音楽とはいえない感じもした。

「おれもねえ いつももりおかで演ってて」
「…」
「…いわてから来たよ〜って人?」

微妙に誰かと誰かが当惑するような空気感が伝わってくる。

「…さっきは居たんだけどな?」

クラップもない。野次もない。でもみんな聴いている。なにげなく聴いている。

「…おれのはねえ 乗り遅れていいからね?」

なんにも考えなくていい。
なにか感じても感じなくてもいい。
不穏と感じたものの正体はじつは安堵だったのだと気付く。
音とともに、記録者としてのおれが立像をなす。いま、落ち着いて、思考をあちこちへ飛ばす時間。
それで、ペン先を走らせたりノートパソコンのキーを叩く手が、静かに脳からの伝達を受け取る。
「これ」は評価を求めるプレゼンテーションじゃない。評価を求められるプレゼンスもない。
ただ雨や光と同じように音を浴びるだけなのに、なにか特別なことを言おうとしてないか?

ぼうっとステージに立つ人物の、長髪を留めている髪飾りを眺めていた。
じゃあねというように終(つい)えた最後の音の余韻が長くながく、腹のなかで響く。

「……おなかへったわ……」
「早すぎやろ。マック食ったばっかやぞ」

 

【Mole Against the Sun】

「次好き」

始まる前から兄貴はそう言った。言葉少なになるときはマジの本音だ。そうだよな。おれたちの本能がこのバンドを生で聴けと叫んでいる。

G.U.L.との対バンでも知られるスリーピースロックバンド。
卓越したセルフプロデュース能力、ストレートで熱のある曲調と、低音だが曇ることのないボーカルが印象的。ラジオでも耳にするくらいなのに、じつは生で聴いたことがない。……というのが兄と共有した情報だが、あの後おれは最新の彼らの音源やインタビューなどをもう少し聴き込んできた。
録音と生演奏との違い、自分がそこに居ないときと、今この場の違いをより感じたいからだ。

そうしていると、兄貴とふたりでMATSのギターとベースを耳コピをした記憶が蘇る。

揃いのブラックスーツで現れたMATS、眩しいライトに照らされた彼らの想像以上の格好良さにただ夢中になる。
激しく観客を焚き付けるわけでもないのに、ノることができて、それでいてクールだった。
メンバーは元々煽ったりするタイプではない。だからといって聴衆を冷たく突き放しているわけでもなく、彼らの、特にベスボの笑顔はどこかおれを安心させる。遠いミュージシャンの人格なんてわかるわけもないのに、良い人なんだろうと勝手に思う。

MATSの奏でる音楽もまたそうだった。
ときどき鼻歌でくちずさむこともあるし、兄貴とMATSの曲を練習していた時は、彼らの声や指の動きがお手本だった。
もちろんおれらは、彼らを完コピしたいわけじゃない。あくまでオリジナルでありたい。けど、彼らのように先を行くバンドが居なかったら、今のおれたちは居ない。
MC中だって身を乗り出しそうになる。

「ギター、ヤナギ・エントー!」
「初めましテ。あの……」

クールな印象のギタリストが控えめに口を開く。

「昨日の……」

兄もきっと注目している。ヤナギ・エントの言葉に。

「GHOST with HUMAN 8910さんの……ステージ、感動しましタ」

マジで?
いま絶対兄貴と以心伝心した。
フロアのどっかで「ミートゥーー!!センキューマーッツ!!」と聴き覚えのある声がした。小西さん、いやコニー。わかったから。いまおれらの大好きなMATSのMC中やから。というか、声が聴こえた位置的にけっこう前方に居らんか? あほなんか?

「そしてボクが、ベース・ボーカルのウチキ・ユラでス! Mole Against the Sunでしタ! あと3曲、全力でやりまス!」

ああ、もうあと3曲で終わってしまう。
最後の曲群は知っていた。もちろん生で聴くのは初めて。「Ghostship」、「Dancer」、そして。

「最後の曲でス! 皆さん、ラ・ラ・ラ~♪で一緒に歌ってくださイ!」

……やっぱり、「Sing For Us」でシンガロングくるかもって思ってた!!

la la la…

心地好い声の波が、雑念や葛藤を洗い流してゆくみたいだった。MATSの楽曲はノリが良いものが多いけれど、熱い血がたぎって胸がギュッとせつなくなる時もある。

彼らは一礼して去っていった。
汗だくだった。2日目もそろそろ中盤にさしかかる。転換中にインナーを着替えてきたほうがいい。冬を忘れている。

「……やっぱし吸水性の内シャツにしたらかんですねぇ、重ぉてかなん。後ろに居ってもつい興奮して」
「あーっ、外は寒いすもんね。ここだと自分はシャツ一枚でちょうどいいくらいすよ」

聴き覚えのありすぎる声とイントネーションが近くを過ぎていった。なんで耳ってこういうのを拾うんだろう。ブロッコリー頭、ちょっとあとで話があるからな。
ざわめきが遠くかすむ手洗い場で顔を洗って、ぼーっとする。買ったばかりのタオルを早速使いたい気分だが、こういうのは開封使用前に、ほら、ちゃんと写真に収めたり、皺くちゃになる前の状態を自室でじっくり拝んだりしたい。おれはだけど。いまは以前ツアーの際入手したニュートラのタオルを使わせてもらう。

MATS、良かったな。あんなひとたちはきっと学生時代もああやってビシッと決めてカッコよかったんだろうな。
他人にまたも勝手な夢を見ながら、おれ自身もどこかで分かっている。だって、あんなに胸に迫る曲を演れるのは、弱さも不安もある、同じ人間だからだ。きっと彼らだって若さに燃えているにちがいない。目の前にしたら確信してしまった。こんなに熱いのに、その太陽の核にいた彼らが平然としていられるわけがないと。

 

【Great Painter】

舞台袖から滑らかに、優雅に? 現れたかれらを、誰がインディーズだと思うだろうか。否、これはインディーズ蔑視ではなくて、自分の立場と比べた僻みでもなくて、かれらの堂々たる佇まいが、若手らしからぬ玄人感に溢れていたという意味だ。
こういうことをわざわざ記録するのは、喜ばしいことに、それが見掛け倒しではなかったから。

「なあ、五十鈴」

彼らはまずセッティングをおこなう。アクトが始まる前に事前情報を少しだけ共有した兄が言った。

「マスロックってなに」
「……おれも詳しくないでわからんけど」
「ポストロックって」
「こっちが聞きてえわ」

そんなの、定義できるものなんだろうか。視えている人はそれでいい。けど、何も分からない人間が、定義されたものさしに頼って目の前のひとたちをはかって、楽しめるんだろうか。おれらは。

「そればっか気にせんでいいと思う」

そういうことだ。素直に感じるままでよし。おれはもうこれ以上あれこれ言わない。

「……あれ。なあ、これラルス」
「しっ」

サウンドチェックから途切れることなくそのまま曲が始まったようだった。思えば、この時点でぐっと惹き込まれていたのだと思う。

先ずは特異な編成に目がゆく。そして、耳が捉えるのは特徴的な歌唱。重いとも甘いとも鮮やかともいえる、色っぽさにくらくらする。男声ボーカルによる女性目線(たぶん)の詞というのも自分には新鮮だった。
いくらかそれによる影響もあるのか、よぎるのは思いがけずきついカクテルとか飲んでしまったときの、独特のねっとりした熱と浮遊感。つまんだチーズやナッツの香りがさらに鼻の奥や耳の後ろを抜けて、頬がかーっとなったこと。いっぺん行ったきりの、照度の低いバーに飾ってあったぐにゃぐにゃした変な絵画を思い出していた。ああいうのはよくわからない。
マスロックも、ポストロックも。あとプログレとかも。違いはよくわからない。なんとなく大人が聴くもんだと思っていた。いやおれ大人だけど。

……おれと同じくらいの歳なんだよな?
ていうか楽器がやばい。チラッと動画かなんかでもいじっている様子を見たが、なにをどうしたらアップライトベースをあんな弾きこなせる人間になれるんだ。しかも5弦やんけ、ちくしょう、音がたっぷり多くてたのしい。

言葉が荒っぽくなったからちょっと落ち着こう。
重厚さと華やかさが交差する、という当初の“印象”は必ずしも間違いではなかった。品良く感じられるのも、単純にストリングスが居てノーブルなファッションだからだ、とは断言できない。
はっきり言えば早熟タイプというか、自身らのセンスの良さに自覚的で、なにを切り取って額に入れるべきか、足し算引き算が巧いのだと思う。

ネットで言及されていた、えげつない変転拍子、頭ひとつ抜けた歌唱力と演奏技術の高さに度肝を抜かれた、という意見にも同意する。
近寄り難い第一印象のわりに親近感を抱きやすくて、これは熱心な追っかけがいるわけだなと思った。どこからか聞こえた「ひかり〜〜〜〜〜〜〜」という野次もきっとそのひとりなのだろう。

「私達のホームはもりおかの…」
「…」
「…さすがにやめようか?」

いや岩手の音楽シーンほんとどうなってんだ。本来なら知るはずのなかったミュージシャンがたくさん居る。同じとこに居る。こういうフェスの存在はつくづく貴重だ。

フロアはますますもって酩酊モードに突入している。
けれどステージを見遣ればどうだ。ろれつがまわらなくなりそうな詞、手元だって狂いそうな譜割だろうに、メンバーには観客の様子をうかがう余裕すら感じられる。
なんかもう、なんか悔しくなる。しかし不快ではない。いっそ清廉な気持ちにすらなる。それは音楽がうつくしいからだ。自分の芯にある感覚、そこはすごくシンプルだった。

それにしたって、どうしてこんな実力に知名度が不釣り合いなのか。いま初めて聴いた自分を棚に上げてしまう。言っちゃなんだがこれで地方のアマチュアって勿体ない。おかしいだろ。もっともっと聴かれてほしい。
リスナーの勝手な思いと、当人たちの本懐は違うかもしれないが。
きっとそんな、人びとを魅了する知られざるミュージシャンたちが、この世にはいっぱい居るにちがいない。まだまだ知りたい。

けど、すくなくともGreat Painterの生演奏を、ここに居る観客だけが今は知っている。インディーズのライブがどれだけ貴重なものかはわかってる。なにをおいても、今という瞬間は一回きりなのだから。

ネットで垣間見た曲の断片や、音作りの現場の一端だけで、かれらの音楽を知ったなんて言えるはずもなかった。
どこかで誰かの恍惚の溜息が聴こえた、気がした。あるいはそれはおれ自身のだったかもしれない。

……ああ、また兄貴が目を回してる。今度は本当にヤバそうだ。

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つづく