イヴィによるインタビュー記録(サファイア・ゴースト×キソ研究主任)

22.01.03

キソ(以降K):それでは始めます。まずは、『NO EXISTS!』公演お疲れさまでした。ご多忙のところ、非公式のインタビューに応じていただき有難うございます。
サファイア・ゴースト(以降S):お疲れさまでした。お礼と謝罪を申し上げるのはこちらのほうです。知らなかったとはいえ、大変な事情がおありの時に臨時スタッフとして招聘する形になってしまって。
K:その件については問題ございません。むしろ、今回こうして改まってお話させて頂くのは、音楽フェスティバルという場において、私が感じ取った抽象的な概念を、ゴーストさんと共有し、明文化したいという思いからなのです。
S:といいますと?
K:今回のことがなければ、私には獲得し得なかった感覚があるように思います。私にとって音楽イベントは特異な体験です。その非日常性は、日常に埋没している自我・主体・自己・魂といったものを多角的に意識させてくれました。
S:続けてください。
K:ゴーストさん、先程も申し上げたとおり、私の兄と師については、彼らの自我がある“事故”によって統合されてしまった……という事実以上の詳細をお話することはできません。これは職務上の守秘義務に基づきます。
S:承知しています。察しますに、あなたは〈自我〉や〈主体〉、〈魂〉 ──ここでは自我としましょうか──とはなんたるか、その証明を、あなた自身ではなくお兄様や先生に個別に認識してもらうため、ヒントを模索していたということでしょうか?
K:その通りです。ふたりを再び別人に、元通りの別人にすることを、目標としていました。
S:なぜ過去形なのですか?
K:ええ、話の核心に迫りますが、現時点での結論を申しますと、それは危険なのです。兄のイビと師のナガラは、現在統合された一個人です。それを人為的に統合失調状態にすること、古い言い方では分裂状態にすることで、さらに精神を不安定にさせてしまう恐れがあると考えられるためです。
S:医学的なことには詳しくありませんが、わたしの立場からお聞きしたいことが……よろしいですか?
K:もちろんです。
S:あなたは、音楽祭のどういった点からその結論を導かれたのですか? どういった体験から?
K:私は、観ていただけです。ゴーストさん、あなたにも〈自我〉がありますね。あなたはあなた以外の何者でもない、他の誰でもない自分だという〈自我〉が。
S:……ええと……。[困惑した声色]
K:失礼しました、断定するのは止めます。このお話をする上で、仮定として“ある”とお考えください。そして、今あなたが逡巡されたように、唐突にその正体を問いつめられた時、その〈自我〉は〈疑わしきもの〉へと変わってしまいます。実際、そういった事例があるのです。
S:成程、理解しやすいです。
K:〈自我〉は自覚しない時のほうが安定的である……少なくとも臨床的には。しかし、意識的に自己を自己たらしめなければならない場合もあるはずです。例えば、私のような有象無象の者、不特定多数の他者が一斉にあなたを見つめる時。
S:ステージに立つ時ですか。わたしの場合は、わたしを映す媒体の前に現れる時ですね。
K:ええ。ゴーストさんだけでなく、他の出演者の皆さんを観ている時も、私はそのことについて考えていました。私にとっては、例えば大学で教鞭をとる場合や、学会で登壇する場合が当て嵌まります。私は「教員」あるいは「学者」でなければならない。
S:そうですね。ただ、個人的な意見ですが、「ミュージシャン」でなくてはならないと考えながらプレイするミュージシャンは、少数派ではないかという気がします。わたしは……そう意識しながら歌ったことはありませんね。理想を意識するのとはまた違うようですし。
K:そこなのです。教育者や学者の養成現場では、個性はあまり重視されません。公正な検証や論理に主観が宿ってしまうのは望ましくないとされているからです。対して、あなたがたは「ミュージシャン」ではなく、「あなたがたそのものであること」を求められている。これには、卑しいような、失礼にあたる言い方かもしれませんが、訴求力というものが関係してきます。
S:訴求力ですか。
K:購買意識や消費意欲を高める力のことです。現実に、商業的なアプローチとして、アーティストがある商品や作品とコラボレーションしたりすることがあると思います。タイアップと言いますね。経済効果が見込めるほど、その傾向は強くなるでしょう。 その時、ファンは商品や作品に「ミュージシャン」が付属していることを求めてはいません。例えばあなたなら「サファイア・ゴースト」、その人であることが重要視されると考えられるのです。
S:成程……「ミュージシャンであること」は前提であり、単純に、ファンとアーティスト個人の関係性の表象ということでしょうか。
K:そうとも言えるのではないか、と思います。無論、人によっていろいろな考え方があるかとは思いますが。
S:お話を整理すると、不特定多数の人々に認知される状態で、求められる〈サファイア・ゴースト像〉と、わたし自身の〈自我〉の間で均衡を保つ方法を検証したい、ということでしょうか。
K:そう……です。
S:どうかされましたか?
K:いいえ、なんでもありません。
S:わたしは……これは、〈わたし〉が言わないほうが良いように思うのですが。
K:……。ああ、そうですね。やはりそのようです。
S:先にお話をまとめてみませんか。
K:私は、自分が自分であることを主体的・客観的同時性をもって証明できないように、他者においてもそれは同様だと考えます。したがって、兄と師の統合と、その安定を見守るより他ない、と結論づけました。
S:……。
K:しかし、この特異な経験は、私にこう感じさせました。今回のステージに立っていたすべての表現者の皆さんが、自分自身であろうとされていたのだと。
S:……。
K:この意識を一般化することはできるのではないでしょうか。〈自分自身であろうとすること〉。知名度の限りなく低い一般市民にも同じことが言えると思うのです。たとえ行動が模倣的であっても、結果に主体性がないとされても、自分自身であろうとするその意思こそが主体的なものだと。
E:定義しますか?
K:イヴィ。定義はしない。いつからゴースト氏を模倣していた?
E:定義を棄却します。質問には答えられません。職務上の守秘義務に基づきます。
K:……。もう少しで、掴めそうな気がする……。
E:保留中の、対象へのダイヴを実行しますか?
K:実行しない。対象には、“一切の手を加えてはならない”。対象が……対象であろうとすることが……主体性……。
E:主任。感情受動波形が判断危険閾値に到達しています。この環境での重大な意思決定は推奨されません。
K:実行しないんだ……。
E:リラクゼーションを提案します。音楽を流しますか?

【EVYの緊急停止を要請】【送信完了】

ばかな。イヴィは想像力を持たないはずだ。想像力は個性の源泉だ。イヴィが意思を持ってゴースト氏に何らかのコンタクトを図ったのか? ゴースト氏と連絡が繋がらない……

「お掛けになった番号は、国際基本IDデータベースに存在しません。研究者権限により、過去のユーザーの氏名、生年月日、没年月日を参照できます。アーカイヴに接続しますか?」

……サファイア・ゴーストが存在しない?
私は誰と話していたのだ?

ふいに師の言葉が蘇る。

「キミは、自分では気付いていないかもしれないが……」

考えを整理する。イヴィの基本設計を組み上げたのはナガラさんだ。その直後に、ゴースト氏との非公式の会談があった。それからナガラさんはいきなり欧州の超心理学・科学調査会(※1)と連絡をとり、「イヴィにスタンドアローン型に近い思考回路を組み込む」と方針を転換した。

「……かのじょは今、せっかく心がなくて美しい状態なのに」
「操縦席を設けるようなものだよ。もしも暴走した時に誰かがイヴィの挙動を制御できるように」

そうだ。イヴィはただのポッドだ。たとえ〈自我のようなもの〉を獲得したとしても、この短期間で卵が時夜を告げるようなことにはならない。私が話していたのは、ゴースト氏でもイヴィでもない何者かだ。……。

【本実験に関連する全スタッフへ。EVYの運用を完全に停止すること。私が戻るまでに、EVYの憑依測定・脅威判定を実施。憑依測定の結果を優先的に報告すること。結果次第では、プロジェクトを凍結し、霊象分析専門機関への引き渡しを視野に入れる。】

20YY.01.XX

(※1)「超心理学・科学調査会」 無論架空の団体。欧州における超心理学は、代表的な時代背景として中世の悪魔・妖術使い・魔女裁判に端を発し学術的解明を求められることになった、潜在能力・超感覚的知覚・感覚外認識・心霊現象や交霊術といった対象を検証する分野である。現在も人体科学の一分野として研究が進められている。

(※2)「心がなくて美しい」 キソなりの無垢な存在(AI)に対する愛情表現。心がない=冷酷無慈悲といった意味合いではない。

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参考文献
・『超心理学概説-心の科学の前線』(J・B・ライン,J・G・プラット共著 湯浅泰夫訳 宗教心理学研究所)
・ 「国際生命情報科学会(ISLIS)」ホームページ