あるひまちのなか/Bear’s

目の前の光景がまるで夢のようだった。

カウントダウンに合わせて跳ねる音とライブハウス全体の揺れるような盛り上がりの中。
頭が熱くて、電気がバチバチ走って、真っ白に光っているようだった。

このフェスのことは、みんな公式の略称でノーエクと呼んでいた。はじめはお洒落な空間に緊張したけれど、ラウンジで腰を落ち着けて休めるし、賑やかだけど全体的にまったり楽しい雰囲気で、次第に慣れた。
カウントダウンの瞬間は、終わらないで、と思っていた。

Bear’sのファンって、いったい何人くらいいるんだろう。SNSのフォロワーだって動画のチャンネル登録者だってものすごい数だ。
その数を考えれば、ノーエクに来られるひとはたった500人。他のバンド目当ての人だって当然居ただろうから、なんでにわかファンの自分がそこに居られたのか分からない。

夜道を歩く。イヤフォンもつけていないのに、まだ耳で音楽が鳴っている。

新しい一年が始まっている。
知らなかった。音楽に正体があるなら、きっと「時間」なんだ。時間に音で色や味や匂いや飾り付けをしてる。
だから、いまの渋谷の街は明るい。自分には明るくみえる。この間まで、どんな晴れた朝も暗かったのに。

──Bear’sの音楽に初めて出逢ったのは、街中だった。するりと耳に入ってきた。とても聴きやすくて、ポップで、だけど安っぽさのない曲だった。一度聴いたら頭のなかでずっとメロディが繰り返される。
ふと、求めていたなにかに出逢った気がした。

その日までずっと、「最近楽しくない」と思っていた。
だっていろいろある。来年にはもう就活を始めなきゃとか、単位や資格が取れるかとか、サークルの内輪揉めとか、慣れない飲み会で気分を悪くしたりとか。恋人はできたかって家族はうるさいし、外を歩けば客引きにつかまるし、バイト先でもミスしてばっかり。いろいろ。

気分を切り替えよう。
そう思ったけれど、自分で自分の舵を取る方法を忘れてしまっていた。
Bear’sに出逢ったのはそんな時だ。音楽好きの子に「知ってる?」と尋ねたら「当たり前じゃん」とひどく驚かれた。

「アルバム持ってるよ。聴いてみる?」
「うん、じゃあ借りる。ありがとう」

音楽は、正直、自分にとってはファッションみたいなものだった。元々すごく好きなわけでもない。
流行りの曲をおさえておけばカラオケでもしらけない。良さは分かったふりでいい。ピンと来なくても、纏っていれば安全なのだ。

でもきっと、そうすること自体に疲れていたのだろう。テレビもSNSも見たくなくて、避けるようになっていた。自然と人との会話も減った。
友達は「わりと前から人気だよ」と言った。どうして知らなかったの、と。もしかしたら、興味を失っていたから意識さえしていなかったのかも。耳や目に入っていても聴こえていない見えていないなんてことは、ざらにある。

借りたCDを友達に返したあと、そのアルバムを自分で買った。
いくつかのSNSで検索したら、メンバーのアカウントがあった。
反応しているひとたちをざっと眺めたら、高校生のファンが目立った。流行に乗ってというライトなファンも多いんだろう。Bear’sをフォローするハードルは高くなかった。
Bear’sが身近になって、自分の心がいっそう惹き寄せられていた。
なにかを好きになるという気持ちがわかりかけていた。

気付いたら『渡り鳥』をずっと聴いて、鼻歌まで歌っている。
詳しいことはよく知らないけど、アベちゃんのアカウントに投稿される自撮りや動画を見てにやにやしている。ドラムを叩く姿が格好良くて、『ルーガルー』のジャケットみたいに、にいっと不敵に笑うのが可愛い。コメントする勇気は……不特定多数の一人だから気にされることはないと分かっているけれど、ない。
カトケンがいつも帽子を被ってるから、自分も帽子売り場でふと気になったのを手にしてみる。今日は最後に最高のステージで、フェスの終わりまで導いてくれたっけ。
もちろん帽子だけじゃなくて服装や小物にも目がいく。Bear’sはお洒落な季節ものやロックバンドっぽいTシャツ姿のほかにも、中華服、アラビアン、和服に囚人服まで、衣装にバリエーションがあって楽しい。
クマみたいに歌がうまくなりたいなとも思う。音楽雑誌の表紙を飾る堂々とした自信ありげな笑みにあこがれるし、ついていきたくなる。雑誌を捲っていたら、軽音サークルに所属している子たちに声をかけられて、思いのほか話が弾んだ。ギターケースにはBear’sのステッカーが縫い付けてあった。
イケッチが熊の被り物をしているから、それだけで熊のキャラクターのコラボ商品を買う。曲のタイトルや歌詞やジャケットに登場するというだけで、そのいきものも好きになっている。

だからそう。
最初はやけっぱちだったかもしれない。
フェスに行くなんて初めてだった。ましてや一人でなんて考えたこともない。いつも簡単なほうを選んできた。人にしたがう。ただ合わせて笑っていればよかったから。

でも、今回はたったひとりだったのに、心から笑っている自分がいた。
楽しかった。

携帯が震える。「あけおめ〜」と友達から。儀礼的な挨拶の後で、その子は思い出したように言う。

「フェスどうだった? 一人で行ったんでしょ」
「いま? すごい楽しいよ」

目に見える景色がぜんぶ綺麗だ。
しばらく無言が訪れて、不安になった。もしかして引かれた? 冷たい空気をひゅっと吸い込むと、「ごめんごめん」となぜか笑声がした。

「珍しくてさ。楽しそうで良いじゃん」
「そうかな」
「どのバンドがよかったの」
「そりゃBear’sだよ! Bear’sだけど」

ちょっとだけ調べたり人に訊いたりしたところ、決して、全部のバンドが有名だとか流行りというわけじゃない。友達に言わせれば「このフェスはなんか変」だそうだ。

でも、流行りじゃなくても。
Bear’sが、たくさんの人やいきものたちと一緒に生きているように。そして、それがとても楽しいことだと教えてくれたように。

はじめは素通りするつもりだった物販──イケッチイケ面があって笑ってしまった──で、他のバンドのCDも買ってみた。聴いているうちに、音楽やバンドのことをなにも知らなくても「好きだ」と思える瞬間が何度もあった。
ジャンルがよく分からなかったり、世代じゃなかったり、手作りっぽかったり、外国のバンドのものもあった。自分には縁のないものだと初めから切ってしまっていたものに、手を伸ばした。
例えばこの自主制作音源、Laruscanusは、Bear’sと過去に対バンしてるということで知った。COUP DE FOUDREは、Bear’sの先輩バンドとして対談してる特集記事を読んだ。自分が知らないだけで、もっとたくさんの繋がりがあるのかもしれない。いろんな音楽が、人と人が、繋がっているんだ。

いつも他人から勧められて受け取るまま、自分から誰かになにかを繋げた記憶がほとんどない。伸びてゆく。新しいシナプスだ。脳から芽が出て頭から花が咲き、実を渡り鳥が運んでく。体験したことのないワクワクを感じながら、こう尋ねる。

「みんな良くて、いろいろCD買ったんだ。聴いてみる?」

ある日街でBear’sに出逢った。
ある日街でBear’sに出逢った。

逃げないの? 逃げないよ。
怖くないの? 怖くないよ。
Bear’sに出逢えたから、いまは怖くないよ。

@b_abechan ノーエク生で聴いてました。すごく元気出ました! ありがとうございます。これからも応援してます🐻