Fight Crab(鋏を喰らえ!)

🦀

取材前日。

「あのね、こう、目の前に御馳走があって、それをつついて偉そうに音楽を語るっていうのは、いかがなもんですかね。
そら音楽に貴賤はないですけどもロックとかパンクとか名乗っているならなおさらまずいんちゃいますか、と僕は思うたるんですけど、編集者として宇野さんはどういう発想でこの企画を──」

「んん、まあまあ、おっしゃることはもっともやちゃ、とりあえずお掛けになって落ち着いて。」

「いや電話口なんですわ。せんどやからそうゆうのはええです」

「ほやった。ほんなまあ明日は、こうしたらどうです。お話の主題を蟹になぞらえてください。目の前の蟹で実演しながら説明していただいて、我々が納得できん場合は食べんとおられば、ね。なーん、ストイックな規則を設ければ御岳さんの罪悪感も軽減されますよ。食べ物で遊ぶような娯楽性、という批判もね、正直なきにしもあらずなんですが、わが『KOKAKU』の読者は寛大なので今回もつかえんでしょう。毎回こうなんですわ。食べ残したりはしませんし。どうでしょう、それでも来られんけ──」

「いや……そもそも蟹があるのがおかしいんですわ。
独立系レーベルに所属するミュージシャンを扱う富山の音楽誌、蟹が有名やから、コカク、コーカク、甲殻ちゅうこと? 音楽誌ちゃうんですか。ClubとCrabをかけとったりしよるんですか。読者プレゼントも蟹なんは絶対おかしいって。」

……と、御岳正午は半ば義務感にかられてそこまで一気に言い切った。
ただし怒ってはみたものの、叱ってはいない。
『KOKAKU』はユニークで良い雑誌だ。分厚くはないけれど、毎号ピックアップしたバンドについて書き尽くす特集、ジョーク・ネタ系のゆるい企画と、ミュージシャンやライターが書く雑多なコラム、地元のライブ情報なんかがバランスよく載っている。
蟹については……。たしかに黒い蟹のシルエットを模したシンボルマークはユニークかつ特徴的ではあるけども。

宇野氏とはここ半年ほどの付き合いながら、気取らぬ人柄や互いに地の言葉遣いが見え隠れすることもあって、軽口くらいは叩く間柄だ。
彼の姪っ子も電子ピアノを弾くと聞いた。それが独立劇場系ネオクラインストバンド・アチェグラの宇野千羽(ウノチワ)で、御岳とも面識があると分かると話が急展開し、今回の対談に引っ張り出されることになった。なんでも、相手はアチェグラともゆかりのあるバンドらしい。
面識があるといっても、東海地方のある音楽フェスで同日の出演だったので一度挨拶したくらいだ。

で、相手は誰かと思えばchandillica(シャンディリカ)とyobune(よぶね)の二組だった。知らないバンドだったら曲を聴いたり調べたりするところからだなと思っていたが、その心配(期待ともいう)はひとまず消えた。
三者対談ということはそれだけ一組の語る分量が少なくなる。ほぼ初対面の、もの珍しい組み合わせや雰囲気を楽しみそこから新たなミュージシャン同士のかけ合わせや人間性の発見をみる趣向もあるのだった。
彼らのことを知らない読者やリスナーもいて、逆に御岳正午を聴いたことがない人々とを繋ぐ機会になる。ましてインタビューの前日にもなってドタキャンするわけはないのだが、ツッコミはしておきたい。そうこれはツッコミなのだ。つまり、この企画はツッコミ待ちの大ボケだ。

「まあ腹ういなるまで食うこともないがやて。明日よろしくお願いします」
「いや、せやからなんで蟹……は〜すっぽかしたろかほん」
「なーん、またまたぁ。あしめにしとるがワ」

 

【Fight Crab】

yobune × chandillica ×御岳正午(PINKIE DRAPE)
エレクトロポップ、インディーロック、オルタナティブ……異端児たちの初邂逅!
〈ぼくらは蟹の鋏を食べない〉

 

──ということで、まずはyobuneの皆さんこんにちは。Fight Crabへようこそ。意気込みを聞かせてください。
小西(Gt.Vo.):おかしな企画に来ちゃいましたね。
舟戸(Pf.syn.):KOKAKUさんらしいですね。
白川(Gt.Vo.):あたしたちのところに話が来たとき相当びっくりして、今も驚いてるんですけど。

 

──本当に蟹があるから?

白川:そう、「本当に蟹食べさすんだ!」って。
小西:食べながら話すなんていうのがね、なかなかないですよね。
舟戸:毎回蟹鍋なんですか?

 

──蟹料理だったらなんでもよくて、いろいろです。アレルギーで蟹駄目な方もいらっしゃるので、そういう場合はもちろん、その方の好物だとか、他の富山名物を召し上がってもらってますね。その場合は完全にお取り寄せになります。
……さて、驚くyobuneの三人を見て笑っていらっしゃるchandillicaの皆さん、いかがですか。

天生(Dr.Vo.):我々は初めてではないので、蟹より皆さんのお話に集中できるかと思います(笑)
白木(Pf.Ba.Per.):たぶん今回の組み合わせになった発端って僕ですよね。なのでちゃんと橋渡しをしないと、っていう。
小鳥(Gt.):ね、そういうドキドキはあります。よろしくお願いします。

 

──はい、では本誌初登場、ギタリストでシンガーソングライターの御岳さん。打ち合わせの段階でだいぶ混乱されてましたが……

御岳(Gt.Vo.):富山ってバブル期なんですか?
一同:(笑)
御岳:僕ひとりなんで、来るまでほんと不安やったんですけど、この二組と合流した今も不安です。なんやこの人(宇野)、例え話を全部蟹にしろとかゆうてきはったんですよ。

 

──御岳さんが、ええもん食いながら偉そうに話すわけにいかないとおっしゃるので。皆さんそれで大丈夫ですか?

小西:クイズ番組みたいですね。がんばって蟹に例えます。別に蟹が食べたいからとかそういうわけではないと……ですよね? 皆さん。
一同:(笑)

 

──先程白木さんが企画のきっかけは自分だと言及してくださったんですが、そのあたりからお話を伺っていってもいいですか?

白木:えーと、僕は富山の八尾というところの出身なんですけど、同じ出身の鍵盤奏者にARCHERY GRANDPA(以下アチェグラ)の宇野千羽さんがいて。彼女と金沢のライブハウスで一緒に仕事した時に、次のFight Crabに指名していいかって言われたんですよね。この企画、毎回購読してくださる方は知ってると思いますが“いいとも”形式なんで。

 

──ありがとうございます。当企画はファイトクラブをもじっていますが、どっちかというとテレフォンショッキング的なゆるさを自負しています。殴り合うというのも、居酒屋の席で本音で言い合うような雰囲気にしたかったダブルミーニングですね。
ところで白木さん、金沢のライブではどんな手ごたえがありました?

白木:千羽さんとも話したんですけど……あ、もうこれ(例えを)蟹にしないと駄目ですね?
えっと、視点を変えることについてです。蟹が横歩きするっていうのはぼくらが正面から蟹を見た時の言い方であって、蟹からすれば脚の付け根の構造に無理なく自然な歩き方をしている、つまり脚の向きと進行方向は、ヒトと同じように常にまっすぐ平行なんですよね(蟹の脚を指差して)。僕が今まで不自然な横歩きだと思っていた人たちは、本当は違う、とても機能的で正しい歩き方をしていたんだ、という発見がありました。

 

──成程。蟹が目の前にあるからこその分かりやすい例え話ですね。

小西:僕もひとつ思ったんですがいいですか。博物館とか行くと、年表みたいなのが書かれたどでかいパネルあるじゃないですか。種の起源ってすごい遡ることができるんだなあって。そうすると、たとえば蟹はどこまで遡った時に蟹ではなくなるのか、いつから蟹なのか、地域や化石が出土した年代によってわりと曖昧なのかもなって思ったりして。
KOKAKUさん的にどこまで蟹ネタで貫いていいか分からないんですが、カニってほんとに謎な生物みたいでして、進化の過程で僕らのよく知る“カニ”の姿になったりそこから離れたりを十回以上繰り返してるらしいんですよね。タラバガニってじつはヤドカリの仲間なのに完全に見た目カニじゃないですか。あれはタラバガニの先祖のヤドカリが「カニ化しようぜ」ってなった結果で……収斂進化っていうのかな。
音楽もその繰り返しだと思えますよね。良い悪いではなく作り手・リスナーのどちらも認識が変容していて、遺伝子が変異したように、ある時からそれを別のものとして考える。僕の源流はスーパーカーとか、いわゆる97年組のひとたち、あとは現在形のアンビエントだったりシンセポップなんですけど、今の僕らみたいにシンセドラムを使った楽曲って、昔はテクノ歌謡と呼ばれていましたよね。もちろんシンセドラムも当時のものと今のとはまったく違って、製品的に、文化遺伝子的にそもそも異なるっていうのはあると思うんですが。テクノ歌謡って今だと絶対違う、そうは呼ばんって分かるじゃないですか。
つまり変化っていうのは、自分の意志だけで目標通りにいくばかりではないんだな、と。恥ずかしい話、僕は10代のころ、信念さえあればどんなことも変えられると思っていたので……。僕らの音楽が“狙った”のと異なる時期に、異なる形でリリースされることもあります。時間的ズレはどうすることもできません。
この先どういう変化を受け容れれば自分が納得いく進化をするか、僕は多少計算して未来を見るきらいがあって。

 

──続けてください。

小西:自己批判的な話をすると、チルウェイヴだけでは前進できないんじゃないかという予感がある。当然チルウェイヴという音楽が悪いんじゃなくて、僕らのイメージする進歩とズレが起こり得るという意味で。ただ、僕らは自分たちにとって想定外のものを取り入れたとしても、あるいは組み込まれたとしても、取り除かず混ざり切るまで鍋をグルグル掻き回すんです。違うものみたいになったりまた元に戻ったり、またその〈反復〉こそが僕らを「らしく正しく」あらしめる。だから僕らはカニ的なバンドです。……無理矢理でしたかね(笑)

 

──いえ、良い感じの蟹です。

小西:なんていうか、chandillicaは僕らとルーツが似ててもずっとロックと呼ばれ続けていて、視野は常に国外に向けている。御岳さんは自ら取捨選択を行って、一度定着したものでも不必要となるとさっと捨てて戻らず身軽になってゆく。見ていて同じミュージシャンという生き物なのに全然違うんだなと……彼らと僕らとの、星座のように祝福された座標の明確な差異がうれしくて感動しました。蟹見ててそんなことを思ったっていう話です。
白川:なんか(話の)持ってきかたがズルくない?(笑)

 

──いやいや、カニ的なバンドというのは成程と膝を打ちましたよ。御岳さんは今の話いかがでしたか。

御岳:差異がうれしいってこれ以上ない肯定の言葉やないです? 僕もうれしいですね。あと、彼の態度にチラッと見える、ある種の冷たさやドライなところに優しさを感じるときがあります。世間や社会一般に対して小西くんがいちばん言いたいのは「窓を開けても乾杯しても/ずっと遠く遠く」(yobune 2ndアルバム『気球』収録「チルドルーム」の歌詞)、交わらないでいようねってこと?
小西:作り手として今みてもだいぶ冷え性な身体性が伺えるけど、そういう形のロマンス未満がもっとありふれててもいいじゃんね、という曲ですね。楽曲の物語としても、現実の周りのひとたちに対する接し方としても「おれはこんなふうだけど」ってこわごわ様子をうかがってる感じです。
舟戸:関係ないけどゾラ(小西)と白木さん、二人とも蟹座なんですよね。
白川:いまこの局面でどうでもいい〜! あっ、「選ばなかった進化先」の話でいえば、あたしは泉ちゃん(天生)や小鳥くんとバンド組んでた可能性もめちゃくちゃあるんですよね。

 

──白川さん・天生さん・小鳥さんは同じ飛騨出身、しかも高校も同じ同級生なんですよね。

白川:ただ、あたしは地元を離れて名古屋の大学に通ってたり、泉ちゃんたちは高校ですでにバンド組んで、アメリカまでライブしに行ってたっていう突き抜けたベクトルの持ち主だったんで。
天生:そう言ってもらうと格好いいけど、ほぼ偶然と勢いですよ。じつは学校でちらっと顔を合わせることはあって、カンナミ(白川)も一緒に弾こうよ〜って誘ったりもしました。
白川:はい。そしたらもう翌月くらいにはこの人たち渡米してて、知らないうちに置いてかれちゃってた(笑) 。でも、こうやってお互いの音楽について対談できる未来になるなんて思わなかったから、結果論としては別々でよかったんかなあ。

 

──たしかに、なんでそことそこでバンドになってないんだっていう(笑) 。僕たちリスナーからしたら、存在したかもしれない架空のバンドを空想する余地が広がるというか……でも、今の状態がベストなんだろうって結論になるのは素敵ですね。別々になったからこそお互い刺激しあえる良き関係になれたのでしょうか。あと白川さんは蟹トーク出来てなかったので残念でした。

白川:あれ、できてへんかった?
小西:人の言葉尻にのっかるのはダメなんだって(笑)
白川:そうかぁ。じゃあお野菜いただきますね。
天生:ちなみになんの野菜が好き?
白川:白菜とにんじん。

 

──舟戸さんと白木さんは似ていると言われることが多いとか。思い当たることとかありますか?

舟戸:似てますかね。背格好とか? 同じタイプのミュージシャンぽく見えたりするんかなあ。
白木:似てないこともないと感じるのは、ライブでのウェーブシーケンスやリズムマシンの使い方とかですかね。うちはドラムスが歌うんで、彼女がステージを駆け回っている間、生ドラムと遜色ない予測不能なサウンドが必要なんですよね。これはイズミ(天生)に話してもらったほうがいいかも。
天生:ちょっと話が逸れますけど、楽器と人間が対等にスタンドアローンな状態っていうのを、すこしだけ意識してます。人工知能などの専門的なことはよく分からないですが、楽器側が認識するとかしないとかは別として、楽器の無作為な選択に委ねたいんです。もちろんすべてをそうしたら統制も自分たちらしさも無くなっちゃうんで、あくまで意識するってだけですが。以上、二人にお返しします。
舟戸:成る程。曲作りやと、白木さんはバンド内での立ち位置をスゴく気にしていたり、あとさっき裏で少し話してマイブラとか、邦楽だとキリンジなんかの影響が強いんだなって分かりました。私はどうだろうな。シンセドラムを多用してるけど、きらびやかさの方向性がかなり違うんやないかなーとか思いますね。

 

──個人的には、おふたりともステージに立つコンポーザーということで、バンドを俯瞰する思慮深さや繊細さが共通している認識でしたね。

白木:僕はそんなでもないです。かなりアバウトです。自分が何したところで他人は僕の思惑を無視して好き勝手にやるものだと思っているので。歌詞も変えてくれていいよと伝えてますしね。舟戸くんとはそこが決定的に違うかな?
舟戸:たしかにそうかもしれないですね。いま言ってくれたように、yobuneは最初すごくアンバランスな編成で。私はまず「バンドにベーシストがおらん」っていうのを考えてて、あのー……鋏のない蟹みたいなもんやと思って「アンサンブルのなかで綺麗に響くヴォイシング」を意識して作ってました。
小鳥:(爆笑) ベーシストのいないバンドって鋏のない蟹かなあ?

 

──曲中にはハープシコードをはじめストリングス、管楽器が用いられていますね。それでもプログレッシヴ的な複雑な深淵にはゆかず、聴き流せるほどイージーで無味無臭でもなく。みずみずしく循環する自然のサイクルのように絶妙なバランスを保っている。yobuneの楽曲が放つポップミュージックとしての軽やかさは、バロック・ポップ由来なのでしょうか?

舟戸:ちょっと長くなるんですが、試行錯誤するなかで個人的にエレピのデモをいくつか試作したんですね、自分たちの浮遊感に良い変化をもたらすんじゃないかと思って、ナインスとかジャズ的なコードを入れたり。メンバーに聴いてもらったら、重すぎると。これでは自分らの音楽ぽくないやろっていうんで、じゃあもう迷わず私の趣味全開で、60年代のソフトロックとか70年代後半のドゥービー・ブラザーズみたいなバーバンクサウンドで突き抜けたろってなったのがメジャーデビュー直後の傾向ですね。ゾラもそっちのが好きだと言ってくれたんで、たぶんそのときに方向性は決まったかなという感じです。なので、バロック・ポップというよりかはソフトロック寄りかなと。

小鳥:舟戸くんもゾラくんも、テッド・テンプルマンのプロデュースが好きなのかなって話したことあったなあ。
舟戸:たしかにそうかも。勢いだけでなく具体的でしっかりした前向きさが感じられるところと、ポップスといっても単に明るいだけじゃないところが、特に好き。

 

──成程。古き良きアメリカ音楽の話になっていますが、そういえば小鳥さんは、過去のインタビューでは、ご自身のルーツのひとつは日本語で醸成されたアメリカンポップス・ロックだとお答えになっていましたね。

小鳥:若い頃はシティポップに傾倒していた時期があったんです。ただ、一旦現状を大きく変えてどうにかなってしまいたい思いもあった。さっきの話じゃないですけど、単に明るく白く照らされただけのポップスはつまらないなと思って。ポジティブなのはいいんですけど、明るさ“しかない”というのがやだなと思うので。
小西:メロディアスで聴きやすく、リスナーに寄り添う、いわゆるあざといのは嫌な感じですか?
小鳥:真実味があるなら、あざとくてもあざとくなくてもいいと思ってます。時々、僕から見て本当らしく思えてもそうじゃなかったとか、勝手に裏切られたような気持ちになるんですよ。そんな悲しい可能性だってあるのに、それをわっと飛び越えて、ファンは僕らの音楽を好きになってくれるのかと思ったら、僕もせめて自分に嘘のない音楽が作れたらと心底震えます。そんな衝撃を与えるのって難しいですけど、「まあ、信じてあげてもいいよ」くらいには思われたい。僕らの作品を好きでいてもらうために何ができるか、かき氷屋さんのバイトしながら、そんなことばっかり考えてました。

 

──その時の内省からブルックリンに?

小鳥:結果、僕らの選択は日本を飛び出すことだったんです。失敗して帰ってきても失うものはなかったですし。なにか新しい種を我々の土壌に植えたかったんですね。日本的な、湿りけのある有機的なサウンドを内包した良質なポップスというのは、僕らの素地ではあっても今現在を延々と支配し続けるものではない。時代の流れもありますし。
天生:私たちすごい極端なんですよ。猛烈に気分屋なところがあって、明日も今日と同じことを言ってるかわからない。一度食べたことのあるピザは注文しないし、いつでも期間限定の味を求めてる。……蟹のピザはおいしそうだよね?
小鳥:いくらなんでも「音楽やめる」いうことはないと思いますけどね。
天生:音楽もたぶんルーツはあるんでしょうけど、自分ではうまく説明できない。そのへんカンナミたちはしっかり自分を確立してるなと。
小鳥:僕らを見出してくれた、ブルックリンのライブハウスのオーナーで自身もギタリストのデラ・エレーゲが「ブルースとかサルサとかどう?」って積極的にいろんな音楽を勧めてくれたんですね。エレーゲはライブハウスから名駅まで着いてきて僕らに連絡先を寄越しました。
白木:そうなの? 僕らが初めて会った頃だっけ。
小鳥:そうそう。あ、彼(白木)はエレーゲのところのお抱えキーボーディストだったんです。だから今のくだりは知らないと思う。
なんていうか、都会的といっても世界にはいろんな都会があるじゃないですか。僕らは中核から少しズレた場所で栄えてるカルチャーが知りたくて。それを生で体感するためにバーに住み込みで働かせてもらって、ステージにも立ってってやっているうちに、今の土台ができた気がします。オト(白木)が英語に関してはネイティブスピーカーだったので、助けてもらったりしてるうちに一緒に音楽するようになったんですよ。
天生:大衆的なものの死角にあるもうひとつの潮流、みたいなのを求めてる感じです。yobuneがポップスならあたしたちはロックで。すごく単純な言い方ですけど。あとは実際にあなたが聴いて確かめてみて、って言うのも無責任か。
でも可笑しいのは、いわゆるJ-POPがルーツの私たちがそれを脱しようとして、洋楽がルーツのyobuneが日本人によるエレクトリック・ポップを追求しているっていう。出発点が近かったあたしたちが、対極に向かっている。まあ、今のところであって、そうあれという願いも必要性もないのですけど、願いも必要もないからこそ、それに対する喜びっていうんですか。あるんですよねぇ。

 

──たしかに興味深い対照性ですね。貴重な結成秘話を聴かせて頂きました。

白木:秘話というほどでは。でも瞼の裏に残る景色で言えば、ステージに立つイズミを見たときは衝撃でした。荒ぶる蟹みたいな……ティンバレスをぶっ叩いて激しく踊ってる日本人がいるなと思ったら彼女だった(笑)
天生:そうだったの? もう何年まえだろ。
小鳥:2008年に10年ぶりに日本に帰ってきたんですけど、ライブやってても以前より風通しの良さを感じましたね。いろいろ変化を感じた年で、たまたま自分たちの音楽と相性の良い雰囲気だった。ちょうどヴァンパイア・ウィークエンドがメジャーデビューした頃で、僕らも熱心なリスナーでした。自分たちのカラーを出すために、AORやシティポップ、あるいは渋谷系一辺倒にならず視野を広く持っていろいろ試せたのはラッキーでしたし、最近では、逆に自分を育ててくれたそれらの音楽を再び顧みることもあります。そういう余裕が向上のために必要だと気付いたんです。自分の限界を自分で勝手に決めない、みたいな。
御岳:僕も似たような経験あるなあ。可能性を高めるのは良いことやし、打ち上げる花火はでかいほうがええよね。遠くのひとにも見えるし聴こえるから。

 

──御岳さんのお話も伺いたいです。2001年にPINKIE DRAPEに加入された時、オルガントリオにイレギュラーとして飛び込むことでご自身の可能性と見つめ合ってこられたかと思いますが……。

御岳:はい、えーと。要求されるわけでないけど言外に望まれるみたいなん、あるやないですか。おまけにあのひとたちは誰も彼も爆音鳴らしよるし、テクニカルやし、最初はびっくりしました。僕まだ20歳かそこらで、ギターの技巧より歌上手くなろうとしてましたから。ドロップチューニングなんて初めてしましたもんねぇ。
白川:意外ですね。めちゃくちゃワルな感じのファズ鳴らしてたイメージなのに。
御岳:いやいや、そんな柄悪くないですよ。上京してシティボーイ気取ってたんで(笑)
白川:「バッドボーイ」なのに?(※シングルカットされていないが、ライブで御岳が頻繁に演奏する楽曲)

 

──「バッドボーイ」は確か大峯さんの作曲ですよね。昔からお知り合いだったんですか?

御岳:ピンドレのなっちゃん(Org.El.大峯菜摘)とは元々お友達やったんですね。で、音を増やしたいって何気なく彼女が言って、ほんならオレ弾こか? って返したのがきっかけでした。ギターは主役じゃないんであくまで裏方に徹してたんですが、大峯さんは「あれも駄目これも駄目って言いたくないから」って、ライブでは好きなようにやらせてくれましたね。
彼女はよく求めるイメージを体験的に話すんですよ、「収束するんやなくて、うねりながら意識の隙間に入り込んでグラッグラ揺らす!」みたいに。可能性が狭くなるんがイヤやから、バンドの在り方の定義なんて歪めてもいいし、暗黙の了解なんてものもないと。
小西:その言葉を受けて、蟹に例えるとどんな演奏を意識しましたか?
御岳:キミが聞くんかい(笑) えっとぉ……。蟹味噌みたいにチビチビ食べる、味の濃いアクセント的なギターを目指しました。なんやそれは。まあソロの時との違いは扱うギターからして明確でして、僕Gibsonのナイトホークを弾いてたんですが、あれって開発の経緯がややこいやないですか、僕のなかでは誰にも求められんのに我が強くて「オレが主役」って気張ってるイメージのギターなんですよ。ピンドレで演るときはクセのある端役のイメージで、あえてビザールギターを鼻につく感じで弾きました。
小西:けっこう目立ちますよね?
御岳:主役やなくても際立つ必要はありますから。そのために呼ばれたんやと思ってます。

 

──御岳さんのルーツはパンクにあると理解していいですか?

御岳:ほうですね、ルーツのひとつかも。そういう質問されても「よう分かりません」っていつも答えることになるんですけど。スカスカした音でスリーコードで英詞で〜って要素が揃い踏みした時期は、下手くそ和製ポップパンクやとか言われましたよ。でもしゃあない、合うてるんやもん、英詞のほうが。そんときにへぇー僕ってポップパンクなんやぁ〜って思てました(笑)
小鳥:無意識やったんですね。
御岳:もちろん自分の仕事の範囲というか、大まかに区別してはいるんですけどね。

 

──最近、みなさんが音楽に限らず気になっていることがあれば閑話休題的にお聞きしたいのですが。

小西:僕、アニメが好きなので声優の仕事に興味があります。もちろん生業を鞍替えしたいわけじゃなく、本業の片手間に務まるお仕事だとも思っていないんですが、声を当てる機会があったら真剣に考えちゃいますね。
小鳥:でも小西くんならめちゃくちゃハマりそう。聴いてみたい気もしますよ。
舟戸:(首を振り)やめたほうがいい。
一同:(爆笑)
白川:家庭菜園したいんですけど、ツアーライブもあるのでう〜んって。同じ理由でペットも飼えないですね。
天生:デジタルペットは? たまごっちとかファービーみたいな。
白川:懐かしー。でもゲームとかも続けられないんですよ。友達の飼ってるワンちゃんとか撫でさせてもらうだけで、とりあえず満足です。
小西:御岳さんはどうですか?
御岳:そうですねえ、この前久しぶりに身内の集まりに出席したんですけど、親戚の子が京都拠点のバンドが好きらしいんですね。で、聞いてみたらSIGNALREDSのファンや言うんです。俺らちゃうんかいと(笑)まあそれはぜんぜんよくてね。で、いろいろ説明してくれるんですよ、文学作品の引用とか。小澤拓人さんがそれをいかに詞に昇華しとるかっていうのをですね。それでいつのまにか英米文学が気になって。ただ僕は字が読めへんので、朗読聴くのも少しちゃうでしょ。すみません、音楽に限らずゆうてはるのに思っきしバンド関連ですね。
小西:シグナルは言葉選びが良いですよね。本の紹介なら、僕よくしてもらいますよ。喜助(舟戸)が読書家なのでおすすめの本を教えてもらったり。
御岳:ええなぁ。どんなん?
舟戸:日本の小説が多いです。最近勧めたのは泉鏡花とか。御岳さん朗読は〜っておっしゃいましたが、怪談は聴きます、寝る前に。あと興味があるのは都市伝説とかですかね。あんまり信ぴょう性のない、匿名のネットで見かけた程度のお話なんでここでは控えますけど、いろいろ読んでると面白いんですよ。みんな刺激が欲しいんやろなあって思う。
白木:怪談めっちゃ似合う。「夜がこわいなら」のMVで読んでたじゃん、赤江瀑。あれ私物? 気になるなあ。
舟戸:私物です。いちおう言うておくと怪談いうよりは幻想怪奇寄りの耽美小説ですね。
天生:ケータイもパソコンも持ってないんで分からないんですけど、ネットの噂話とか、そういう形の創作なんだと思うとすごいなぁ〜って感心します。どれだけ虚構をメッキで塗り固められるか、現実らしく語れるかに心血を注いでる。
舟戸:作者は書き手だけでなく、読み手や今ここでこんな話をしている私たちも含まれていて、増幅する声の総体としての噂や怪談を形成する。そんなことを思うとだいぶ怖いですね。オモシロ怖い。

 

──ありがとうございました。最後に直近の皆さんの活動紹介などを。chandillicaは日本でアルバム制作中、yobuneは名古屋でのドームライブを終えたばかり、PINKIE DRAPEは全国ツアーを控えていらっしゃいますね。

白木:僕らのアルバムについては近々告知をさせてもらうつもりなので、ぜひSNSや公式サイトをチェックしてくださいね。yobuneのライブ、観に行ったら御岳さんの曲もカヴァーされてましたよね。
御岳:ほやほや。こないだトリビュートアクトの方を招いた編成で、カリフォルニア風の爽やかな「お茶漬け」を演奏してくださって。ツインボーカル元気でええですね。
小西:タイミングよくお電話したときに「あれメチャ好き」って言ってもらえて嬉しかったです。あんなアメリカンなイメージの曲ちゃうから!お茶漬けやから!って言われるんじゃないかと不安だったので余計に。
あ、ではせっかく宣伝の機会をいただいたので……御岳さんの「たんぽぽのお茶漬け」のカヴァーも収録された『船外活動』っていうアルバムが出ます。こんな意外な繋がりが! っていうようないろんなミュージシャンの方へ捧げた楽曲がまとめられていますのでぜひよろしくお願いします。
御岳:僕のほうからも。PINKIE DRAPE全国ツアー〈THE SUMS OF PEDICURE〉は来月頭に札幌からスタートです。ファイナルにはなんやら告知があるようですよ。お楽しみに。ぜひ会場でお会いしましょう。
小西:じゃあ最後に……(笑)
御岳:最後に、なに? えーと、いろいろ語り合ったような気ぃするでしょ? でもこれ全員蟹食いながら話しよるんですよ。それを記者がニヤニヤして見よるっていう。ね。やっぱ腹立つわあこの企画。

(取材・文=宇野万滋)

 

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「あと、富山はエビも美味しいです。御岳さんとこの料亭で使いませんか?」
「うちは料亭やなくてしがない豆腐屋です」
「滋賀県民やのにしがないてーww」
「……オチはそれでええんやな?」

 

本文中に登場する「SIGNALREDS」の名前をお借りしました。

原作者・山川夜高様(Webサイト https://libry.net/) また、小説『Solarfault,空は晴れて』の一部を参考にさせて頂きました。